[視点]日本における航空事故調査の問題点

公開日 2024年03月28日

日本における航空事故調査の問題点

                      

航空安全推進連絡会議 本部事務局長/ボーイング777型機 現役機長 高橋 拓矢

国際標準から逸脱した日本の事故調査

 当たり前の話ですが、航空機の中でも特に長距離を飛ぶ国際線の旅客機は、いくつもの国の上空を通過して目的地の空港に着陸します。そのため航空機事故が起きた場合、航空機の登録国や事故発生国、航空機製造国など複数の国が関係国となるため、何らかの国際的な取り決めが無ければ事故調査そのものを進めることが出来なくなってしまいます。

 こうした事態を回避するため、国際民間航空機関(ICAO)が定めた国際民間航空条約第13付属書(ICAOAnnex13)において事故調査に関する国際標準が定められており、ICAO条約批准国はそれに準じて事故調査を実施することが求められています。そして我が国日本もこの国際条約に批准しています。

 このICAOAnnex13では、事故調査の目的として「事故又はインシデント調査の唯一の目的は、将来の事故やインシデントの防止であり、罪や責任を課するのが調査活動の目的ではない」としています。また事故調査により入手した情報は「事故又はインシデントがいかなる場所で発生しても、国の適切な司法当局が記録の開示が当該調査又は将来の調査に及ぼす国内的及び国際的悪影響よりも重要であると決定した場合でなければ、調査実施国は調査の過程で入手した記録を事故又は重大インシデント調査以外の目的に利用してはならない」と規定されているのです。

 この内容から察すれば、事故調査の結果を利用して個人への責任追及が行われることは無いはずなのですが、日本では国の事故調査機関が作成した「事故調査報告書」が刑事裁判の「証拠」として利用されてきたという悪しき歴史があり、その結果として関係者個人に有罪判決が出されているのです。

 日本はICAO条約批准国であるにも関わらずこのようなことが起きている理由は、国際条約の批准において批准国が条約の一部に従えない場合の措置として日本がこの部分に対する「相違通告」を行っているからです。

警察による犯罪捜査は原因究明の障害

 一般的に、交通事故など「事故」と呼ばれるものが発生した場合、個人の過失責任を問うか否かを判断するため警察による事故調査が行われます。一方、航空機事故の調査は、法令によって国の事故調査機関である「運輸安全委員会」が調査を行うことになっています。その理由は、複数の要因が連鎖連動して発生する航空機事故において、機材や技術的な問題だけでなく組織の関与や「ヒューマンファクター」と呼ばれる個人の関与など、様々な観点を含む多角的な調査が必要不可欠だからです。

 それに対して「警察」は、刑事訴訟法によって個人の刑事責任追及を念頭に置いた刑事捜査を行います。

 このように航空機事故では2つの機関による調査が重複することになるため、航空機事故が多発した1960〜70年代に事故調査機関(当時の運輸省)と警察の間で双方の調査取り扱いを整理する必要に迫られた結果、両者間で1972(昭和47)年に「覚書」が締結されました。その内容は、当時の航空機事故調査機関が未成熟だったこともあって、簡潔に言うと「警察による調査が優先されること」「証拠物件の押収・留置は警察が行うこと」「警察からの鑑定嘱託に事故調査機関は応じること」など、ほぼ全てにおいて警察優先となっています。この「覚書」は事故調査委員会から運輸安全委員会に変更され、事故調査体制が整備されつつある現在においても依然として有効です。

 ICAO本来の考え方では、事故関係者による証言は事故原因の調査のためだけに利用されることになっています。しかし、日本では依然として個人の過失を問うことに主眼が置かれているため、国の事故調査機関である運輸安全委員会によって作成された事故調査報告書が、警察からの鑑定嘱託によって提出を求められ、刑事捜査や刑事裁判に利用されるという構図になっています。こうした手順によって、捜査機関は事故関係者の証言内容を知ることが出来ます。

 再発防止の観点で実施される事故調査では全ての証言を詳らかにする必要がある一方、刑事捜査では黙秘権が認められている点から考えて、事故調査報告書の刑事捜査での利用は法的側面で課題があることが分かります。航空機事故関係者は自らの証言が捜査機関に知られることを恐れ、たとえ事故調査における聞き取りであっても自分にとって不利な証言をしなくなるため、結果として事故原因の究明に大きな支障が出てくることに繋がります。

ストーリーに当てはめていくのが警察の調査

 日本の警察が航空機事故で実施するのは、個人に過失があることを前提に犯罪者を作り上げるための捜査です。

 誤解を恐れずに申し上げれば、一番悪いと思われる人物を特定し、その人物に過失があったという前提で捜査を行い、起訴する材料を集め犯人に仕立てることで警察のメンツが保たれる、というものです。もちろん、警察機関は事故原因に全く興味がありません。過去には警察が描いたストーリーに沿った調査が行われ、事実が捻じ曲げられてしまうこともありました。こうした警察機関による犯罪捜査が、事故原因究明の大きな障害となっているのは明らかです。

 現に2024年1月2日に羽田空港で発生した航空機同士の衝突事故では、発生翌日に捜査本部が立ち上がり、「誰に過失があったか?」という視点で犯罪捜査が行われました。「海上保安庁の機長、羽田空港の航空管制官、日本航空機の機長にそれぞれどのような過失があったのか」という断片情報が次々に報道機関へ送られ、メディアは警察機関のストーリーに沿った形で大々的に事故を報じたのは記憶に新しいところです。そして国民の多くはそのストーリーがあたかも真実であるかのように理解し、航空局までもがそのストーリーに沿った形で「緊急対策」を打ち出す異例の事態となっています。

 ちなみに航空局が「緊急対策」を打ち出したのは事故から僅か1週間後の1月9日ですが、海上保安庁の機長が運輸安全委員会の聞き取り調査に応じたのは1月下旬です。これを見ても如何にストーリー形成が事故再発防止や事故原因究明の妨げになっているかがお分かりになるでしょう。

言い間違えは犯罪なのか?

 2001年に発生した航空機ニアミス事例では、航空管制官が無線通信で言い間違えたことを「注意義務違反」として有罪判決が出た結果、航空管制官は失職しました。この刑事裁判では、ヒューマンファクターという重要な観点が欠落したと言う点で非常に残念な結果に終わりました。ICAO条約に批准している欧米各国では航空分野において「過失」を「犯罪」とする考え方は無く、日本で一般的となっている「業務上過失致死傷罪」は存在しません。そのため、ICAOの理念は何の抵抗もなく受け入れられる素地があります。一方、日本の場合は「過失=犯罪」という刑法上の考え方と、被害者感情に重きを置く世論によって、航空機事故の再発防止が何よりも優先されるという考え方は十分に理解されているとは言えません。

医療分野と共通する事故調査制度の課題

 翻って、こうした課題は医療の分野でも同様なのかもしれません。医療分野でも事故その他が発生していることはメディア報道で少なからず目にしますが、それぞれの分野で発生する事故等で共通するのは、「人」が絡んでいることです。そこで発生するヒューマンファクターを単なる「過失」として医療従事者のみに責任を押し付けず、第三者機関が複合的要因を解き明かして原因を究明し、再発防止を図る体制を構築すべきという点において航空分野と通じるところがあると言えるでしょう。

 さらに、私たちには現場で「命」を預かっているという共通点があります。日々現場で尽力している仲間を守るためだけでなく、同種の事故を二度と起こさないようにするためにも、このような理念を日本全体に広めていくことが必要だと私は考えています。

(『東京保険医新聞』2024年3月25日号掲載)