[視点]育ち合う医療安全活動をめざして

公開日 2024年05月20日

育ち合う医療安全活動をめざして

                      

光生病院  人工透析部長 喜田  裕也

 私は現在143床のケアミックス病院で勤務しながら、医療安全活動に関わっています。

 2017年~2023年度医療安全全国共同行動技術支援部会委員活動、 2023年第18回医療の質・安全学会 「アナフィラキシーショック死ゼロをめざして」企画等を通じて考えた、育ちあう医療安全活動につき、私見を述べさせていただきます。

医療の安全を確保するための医療事故の再発防止は進んだのか

 「医療の安全を確保するために、医療事故の再発防止を行うこと」は医療事故調査制度の目的です。現時点では日本医療安全調査機構提言事案で死亡減少したアウトカムは出ておりません。ではどうするか。再発防止策提言3号、提言6号で検討してみました。

①「注射剤によるアナフィラキシーに係る死亡事故の分析」(2018年1月) は12死亡例を紹介。5分以内に症状出現10例、アレルギー歴なし8例、症状出現後5分以内にアドレナリン筋注0例で、早期の大腿前外側部アドレナリン0・3㎎筋注を強く推奨しました。しかし2023年の企画では以後26例死亡があることが報告されました。アナフィラキシーガイドライン2022(2022年8月公開)で診断基準等が変わりましたが、日本医療評価機構の医療事故情報収集等事業では2023年1~9月で5例死亡、2022年11月にワクチン集団接種会場で発生したアナフィラキシーショックと考えられる死亡も報告されています。

②「栄養剤投与目的に行われた胃管挿入に係る死亡事例の分析」(2018年9 月)は6死亡例を紹介。しかしその後も2023年まで毎年1件以上の死亡を確認しています。2015年以降に刑事事件が報道されています。介護施設で准看護師が胃管挿入し気胸を起こした死亡事案と、誤読影しやすい左気管支に誤挿入し横隔膜ラインを超えていた事例では医師は先端が胃内にあると判断し栄養剤を開始した死亡事案です。介護施設ではX線撮影困難です。X線の胃管確認は先端を見るのでなく走行確認することが重要です。

 この2テーマでは、従来の再発防止提言では不十分です。「医療事故が発生した構造的な原因に着目した調査を行う」(厚生労働省作成「医療事故調査制度に関するQ&A」Q24)という指摘があります。構造的原因に着目し、新たな視点を得ることで医療安全活動が進み出します。

患者・市民と医療者の前向き関係の模索、医療者の人権

 医療安全活動の中で、「患者参加」「患者経験」「共同意思決定(Shared Decision Making,SDM)」といったテーマが以前から注目されています。

 有害事象が発生または疑われるとき、当事者が何故正しいと判断したか、行動様式を科学的に分析するとともに、患者およびご家族(ご遺族の場合もある)の思いを把握・考慮しながら対応することが大切です。 

 重大インシデント例の事例分析・再発防止を検討する際に、同様の事故において、ご遺族や弁護士を通じて情報を頂いたことが2015年以降に15件ありまし た。ご遺族の怒り・悲しみは大きいです。その際、少しでも患者・家族(一市民)の方と、私も含めた医療側との前向きの関係が築けないかと模索しています。事実関係をお互いに確認でき、従来気づけなかった再発防止の糸口が見つかった場合、喜びあえる(確認しあえる)ことも経験しました。ご遺族が物語(ナラティブ)をお教えくださったこともありました。拙い経験ですが、前向き関係の模索は今後も大切にしたいと考えています。

 同時に、医療者の人権を守る社会になってほしいと考えています。ある県の医師会が独自に事故調査した事例の記者会見時に、医師会長が「皆様方(報道機関)にお願いしたいことがございます。 『外出時には人殺しと罵声を浴びることがあり、クリニックの写真がネットで拡散し、あらぬことを書き込まれたり、嫌がらせを超えて身の危険を感じる』とのメールが届いています。こうした個人攻撃、家族、職員への嫌がらせはやめていただきたい。いわれのない理不尽な制裁を受けていることは事実です。なにとぞ、このようなことがないように、 特にメディアの皆様には、報道等でもぜひ、ご注意をいただきたい」と発言されていました。

技術的問題と適応課題

 「レジリエンス」「Safety1・Safety2」「心理的安全性」というテーマが注目されています。医療現場では多くの職種が働き協働で患者への対応に当たっています。VUCA (Volatility:変動性・不安定さ、Uncertainty:不確実性、Complexity:複雑性、Ambiguity:曖昧性)の時代はこれからも続きます。お互いが相手を恐れず、意見を出し合う中で共有認識が育まれ、医療安全活動がかみ合ってきます。

 1999年~2000年代に発生したような典型的なヒューマンエラーは減少しつつありますが、同様のインシデントだけでなく、医療の進化や、チーム医療の深化の中で発生したインシデントが出てきています。カイゼン・PDCA サイクルなど他産業で行われた手法も大切ですが、医療現場では限界があります。最近は、技術的問題と適応課題を意識して、医療安全に取り組むことが重要であるとの声が大きくなってきています(図1)。重大インシデント(医師法に基づく医療事故を含む)でも、従来の手法では課題の本質にたどりつけず、問題解決できない事例が増えております。問題解決の新たな窓を開き、育ちあう医療安全活動を目指すには、現場の声(当事者、当該医療機関)こそが、必須であるということをぜひ押さえておいてください。

 

(『東京保険医新聞』2024年5月5・15日号掲載)