公開日 2024年06月07日
カビ毒から食品の安全を守るために
東京農業大学 応用生物科学部 教授 小西 良子
カビ毒を知る
2023年暮れに起こった南部小麦のカビ毒汚染事件や2024年3月の健康食品である紅麹問題など、社会的に「カビ毒」が注目を浴びている。しかし、カビ毒に対して正しい知識を持ち、行政が食品の安全を守るためにどのような対策をとっているのか、また、家庭ではどのようなことに気を付けたらよいのかを知る人は少ない。
カビ毒は、その名の通りカビが産生する毒であるが、すべてのカビが毒を出すわけではない。カビ毒を作るカビは限られていて、主にコウジカビ、アカカビ、アオカビと分類されるカビが産生する。もちろんこれらのカビは我々の身近に存在するが、その属の中でもカビ毒を作るカビは限られている。
カビ毒産生菌は土壌に生息しているのだが、不思議なことに人が耕した農地に生息することが多い。そのため、農作物がカビ毒産生菌に汚染される割合が非常に多いのである。世界中の農耕地にカビ毒汚染が広がっており、アメリカやカナダのデータでは、カビ毒汚染により廃棄される農作物の経済的損失は年間50億ドル以上と言われている。我が国のように輸入食品の依存が高い国では、輸入食品のカビ毒汚染には注意が必要である。
次にカビ毒は低分子化合物のため、貯蔵中にカビが増えると農作物の中まで汚染してしまい、加熱工程や乾燥、圧縮などの物理的処理では分解されない。すなわち、カビが死滅した後でもカビ毒は残存するのである。
たとえば、カビ毒に汚染された小麦粉(精麦されているのでカビはない)でパンを作ったらパンにはカビ毒が残存する。カビ毒で汚染された牛乳でチーズを作ったら、水分がなくなるのでかえってカビ毒の濃度が高くなるのである。また、飼料にカビ毒が汚染していた場合には、牛乳や肉製品にカビ毒が移行するため、食品だけでなく飼料の安全性も考えなければならない。
さらに、カビは自分の縄張りを広げるなどの理由から、他の菌や生物を排除するために毒を産生しているので、菌などにしか効かない毒は抗生物質という恩恵になるが、人間にとって健康被害を起こす物質であればカビ毒となる。そのため、カビ毒の発見には、食中毒事例や動物実験による毒性評価が必ず伴っている。アフラトキシンというカビ毒は、1960年にイギリスで10万羽以上の七面鳥が死亡した事件が起こり、飼料として与えたピーナッツ粕に発生したカビから発見された。パツリンというカビ毒は、最初抗生物質として発見されたが、のちに動物実験で毒性が確認されたため、カビ毒となった。
カビ毒とは、①世界中の農産物に汚染のリスクがある。②加熱や食品加工工程などで容易に分解されない。③ヒトに健康被害を及ぼすという特徴をもつ化合物である。
カビ毒汚染食品を摂取しないためには
上記で述べたように、カビ毒は国際的にも食品衛生上大きな問題となっている。カビ毒汚染食品を摂取しないために、行政がやるべきこととそれぞれの個人がやるべきことがある。
行政がやるべきこととは、①国際的に問題となっているカビ毒に対して特に輸入食品の安全性を担保するため、規制値を策定し市場に出回らないように監視すること、②国産の農産物に関しては、カビの防御、品種改良、自主検査など農環境を整える指導をすることや飼料中のカビ毒の基準値を策定することである。
①については、規制値を策定するのは消費者庁、検疫の検査などで監視するのは厚労省である。②については、農水省が担当である。
日本で規制値を設定してるカビ毒を表に示したが、オクラトキシンAに関しては、現在食品安全委員会で審査を行っていることから、1~2年後には設定される予定である。
表中のカビ毒の中で慢性毒性として発がん性があるものとないものに分けられる。総アフラトキシン(B1、B2、G1、G2の合算)は、天然化合物中で最も発がん性が強く、特にアフラトキシンB2はヒトでの疫学調査から発がん性が検証されている。アフラトキシンM1はアフラトキシンB1を含む飼料を食べた牛の乳で検出されるカビ毒であるが、発がん性はアフラトキシンB1の10分の1と言われている。アフラトキシンの発がん性は、直接遺伝子を損傷させる、いわゆる遺伝毒性であることから、なるべく摂取量を少なくすることで基準値設定がなされている。
デオキシニバレノールおよびパツリンは発がん性がないカビ毒であるため、摂取しても毒性を示さない量(無毒性量)から一日耐容摂取量が設定されており、その値に基づいて基準値策定されている。
オクラトキシンAでは発がん性は報告されているが、遺伝毒性ではないことから一日耐容摂取量から基準値策定されている。これらの基準値は、内閣府食品安全委員会および消費者庁食品衛生基準審議会で審議されるもので、特に輸入食品の安全を担保する根幹となっている。日本ではこの基準値を超えた食品が市場に流通した場合は食品衛生法違反となる。
個人(家庭)としてカビ毒を摂取しないために気を付けることは、想定外のカビが生えた食品は食さないことである。カビ毒はカビが生えているところよりも深く広く拡散しているので、一部を削って食することもやめたほうがよい。
たとえそのカビを検査した結果、カビ毒を作らないと分かったとしても、カビの同定、カビ毒の検査には時間がかかるので、あきらめ良く廃棄をお勧めする。
想定外のカビと断ったのは、例えば、カマンベールチーズやサラミなど、カビが生えていることが想定されている食品もあるからである。
また、室内のカビの浮遊量が増えれば、室内で保存している食品がカビやすくなることから、エアコンのフィルター、キッチン周りや冷蔵庫の掃除などをこまめに行うことも重要である。「火のないところに煙は立たない」のことわざ通り、カビを生やさないことが家庭での食品の安全を守る基本といえる。
(『東京保険医新聞』2024年6月5日号掲載)