公開日 2024年07月30日
紅麹サプリにみる機能性表示食品の問題点
科学ジャーナリスト 松永 和紀
小林製薬(大阪市)の紅麹サプリメントが原因とみられる健康被害が明らかになったのは2024年3月。死者数は5人と発表されていた。ところが6月28日、同社が突然、「関連を調査している死者数は76人」と発表した。因果関係があるのかないのか、まだ不明確な数字だが、厚生労働省は、死者数の変更について3月以降、同社からなんの連絡もなかったと激怒しているという。
そもそも、患者を診察した医師が、紅麹サプリとの関連を疑い同社に最初に問い合わせしたのが1月。そこから同社が健康被害を公表するまで2カ月も要しており、不信感は高まるばかりだ。紅麹サプリは、機能性表示食品として「悪玉コレステロールを下げる」などの表示により販売され、人気だった。同社への健康被害相談件数は7月7日現在、14万件を超え、医療機関を受診したのが2247人、入院したのが452人。日本腎臓学会によれば、多くの人が腎機能障害や倦怠感、食思不振などを訴え、ファンコニー症候群を疑う所見が目立つという。
青かびが混入し腎毒性に
紅麹サプリの機能性に関する成分は、紅麹が産生するモナコリンK。だが、製造段階で青かびが混入していたことがわかっている。同社と国立医薬品食品衛生研究所などの調査により、製品から同社が想定していなかった物質として、青かびが産生した化学物質プベルル酸のほか、モナコリンKの産生過程で青かびが関わってできたとみられる未知の2物質が検出され、ラットへの大量投与試験で腎毒性が確認された。とはいえ、どの程度の摂取量で毒性が現れるか、また、3物質の毒性への寄与率などはまだ不明。今後はラットでの90日間反復投与試験が予定されているが、試験に必要な3物質の合成や予備試験等も必要なため、原因解明には相当な期間を要すると見られている。
規制緩和による制度創設
機能性表示食品制度は2015年、当時の安倍晋三首相の肝煎りで創設された。以前からある「特定保健用食品」(トクホ)は、個別製品について国が審査をして表示を許可しており、開発に億を超える費用と年数がかかる。そのため、安倍首相が成長戦略スピーチで、「中小企業にはチャンスが事実上閉ざされている」と断じ、「世界で一番企業が活躍しやすい国の実現」をうたって新しい制度が始まった。機能性表示食品はいわば、規制緩和の賜物だ。
企業が、消費者庁の策定したガイドラインに沿って安全性や機能性を自ら評価し消費者庁に書類を届出すれば、企業の責任で容器包装に機能性を表示できる。その代わり、書類が消費者庁のウェブサイトで公表され、消費者自身が情報をチェックして購入する。つまり、審査が国から消費者の自己責任へと肩代わりされたのだ。国の思惑通り、中小企業も多数参入し、市場規模は23年には6千億円を超えるに至ったとされる。
だが、その緩さが健康被害につながったのではないか? 健康食品業界の中では今回の事件を、食品の製造過程で雑菌が混入するというよくある食中毒事件の一つ、とみなす動きがあったが、それは違う。とくに、今回の製品のようなサプリメントは、成分が抽出濃縮され、毎日摂取される。近年は、主食であるコメでさえも毎日は食べない、という人が少なくないことを考えれば、機能性を表示したが故の有害成分の過剰摂取の罪深さが見えてくる。
とくに、紅麹サプリの主要成分であったモナコリンKは、この物質からスタチン類という医薬品が産み出された歴史的経緯があり、海外では処方箋医薬品としている国もある。それなのに、食品として売られ、「悪玉コレステロールを下げる」という医薬品まがいの表示がなされていた(下図参照)。機能性表示食品は健康な人が対象の製品というのが建前なのだが、多くの病気の人が手を伸ばして当たり前の状況だった。
図 紅麹サプリメント製品のパッケージ例
法令に基づく制度厳格化へ
国もさすがに、制度の改革が必要と判断したようだ。従来は、安全性や機能性、表示等についての多くの規定が、消費者庁課長通知によるガイドラインで示されるのみで、違反した場合の行政措置の法的根拠も不明確だった。そこで、食品表示法に基づく食品表示基準や食品衛生法施行規則の改正作業等が進められている。遵守しない場合は法令に基づき表示禁止となる。
具体的には、医師の診断による健康被害情報の保健所への早期提供やサプリメント型製品のGMP(適正製造規範)基準の適用を義務付けるほか、表示の見直しなどが予定されている。パッケージにおける医薬品まがいの「悪玉コレステロールを下げる」「血圧を下げる」などの言い切り表現も改められ、「成分には、LDLコレステロールを下げる機能が報告されている」などより的確な文言になる見込みだ。また、医薬品ではないこと、国が評価していないことが表示でより明確になるように見直すという。
医師の診断による健康被害情報の保健所等への早期提供は、2024年9月1日には始まる見込みだ。一方、パッケージの表示見直しは、事業者が急には変更できないことを踏まえ、2026年9月1日からの実施となりそうだ。
また、新規の機能性関与成分については、医学薬学等の専門家の意見を聴くなど慎重に対応するという。ただし、モナコリンKのような海外の処方箋医薬品等を排除するのか、どういった物質が問題とされうるのかなど、詳細はまだ不明である。
世界の流れに逆行する日本
世界的には、食品への健康効果表示、すなわちヘルスクレームは、行政の慎重な姿勢が強まっている、と思える。とくにサプリメント摂取は、マルチビタミンによるリスク上昇がたびたび報告され、DHA・EPAの効果すらも疑問視されるなどしている。サプリメント王国とされるアメリカでも、国立衛生研究所やその中にあるダイエタリーサプリメント局が、一般市民向けにサプリメントのリスクに関する情報を大量に提供し、注意喚起に懸命だ。
一方、日本は機能性表示食品制度の厳正化に舵を切ったとはいえ、依然として国がヘルスクレームを推奨する方向性は変わらない。このままでよいのか? 医薬関係者の議論がより活発になることを望みたい。
今回は医師の「機能性表示食品と関係あるのでは」という疑問が、事件の表面化につながった。体調の悪化に気づかず摂取し続けてしまう消費者は、少なくない。今後も、機能性表示食品や、それ以外の健康効果を消費者に匂わせる「健康食品」によるリスクは存在する。医師の方々が健康被害のいち早い発見に貢献していただけることに改めて感謝申し上げると共に、これからも消費者の健康のサポートを、と切にお願いしたい。
(『東京保険医新聞』2024年7月15日号掲載)