公開日 2024年09月10日
旧優生保護法違憲判決の意義と課題
関哉 直人
弁護士・不動産鑑定士。関哉法律事務所所長。 優生保護法被害東京弁護団団長、優生保護法被害全国弁護団事務局次長。
東京の原告である北三郎さん(2024年7月3日判決)、
西スミ子さん(2024年7月31日和解成立)の事件を担当。
❶最高裁判決について
2024年7月3日、最高裁は旧優生保護法違憲訴訟のうち、最高裁に係属している5件について判決を出した。いずれも原告の全面勝訴であり、国に賠償(高裁で認定された1500万円等)を命じる判決であった。この判決によって優生保護法問題は一気に全面解決への流れができた。まずは判決の内容を見ていきたい。
⑴まず、判決は優生保護法が立法当初から憲法13条、14条に反し違憲であると断じた。立法当初から法律が違憲であるとした初めての最高裁判決である。13条に関して述べた部分を掲載する。
「平成8年改正前の優生保護法1条の規定内容等に照らせば、本件規定の立法目的は、専ら、優生上の見地、すなわち、不良な遺伝形質を淘汰し優良な遺伝形質を保存することによって集団としての国民全体の遺伝的素質を向上させるという見地から、特定の障害等を有する者が不良であるという評価を前提に、その者又はその者と一定の親族関係を有する者に不妊手術を受けさせることによって、同じ疾病や障害を有する子孫が出生することを防止することにあると解される。しかしながら、憲法13条は個人の尊厳と人格の尊重を宣言しているところ、本件規定の立法目的は、特定の障害等を有する者が不良であり、そのような者の出生を防止する必要があるとする点において、立法当時の社会状況をいかに勘案したとしても、正当とはいえないものであることが明らかであり、本件規定は、そのような立法目的の下で特定の個人に対して生殖能力の喪失という重大な犠牲を求める点において、個人の尊厳と人格の尊重の精神に著しく反するものといわざるを得ない。したがって、本件規定により不妊手術を行うことに正当な理由があるとは認められず、本件規定により不妊手術を受けることを強制することは、憲法13条に反し許されない」
中でも、「立法当時の社会状況をいかに勘案したとしても」憲法違反の法律は憲法違反、と述べた部分は極めて重要である。時代の流れや周囲の声に流されず、守られるべき人権や尊厳に目を向けなければならないというメッセージである。
⑵次に、優生保護法問題の最大の論点は、手術から20年以上が経過しているため、20年で権利が自動的に消滅すると民法で定められていた「除斥期間」の適用がされるかという点にあり、これにより地裁・高裁レベルでは結論が分かれていたところ、最高裁は、これまでの判例を変更し、国が除斥期間を主張することは権利濫用であるなどとして、この問題の被害者全員を救済する理論を作り上げた。
「請求権が除斥期間の経過により消滅したものとすることが著しく正義・公平の理念に反し、到底容認することができない場合には、裁判所は、除斥期間の主張が信義則に反し又は権利の濫用として許されないと判断することができると解するのが相当である。これと異なる趣旨をいう平成元年判決その他の当裁判所の判例は、いずれも変更すべきである」「本件の事実関係の下において本件請求権が除斥期間の経過により消滅したものとすることは、著しく正義・公平の理念に反し、到底容認することができない。したがって、第1審原告らの本件請求権の行使に対して上告人が除斥期間の主張をすることは、信義則に反し、権利の濫用として許されない」
❷今後の課題について
⑴優生保護法による被害者への補償制度の構築
優生保護法をめぐる被害者については、厚生労働省の把握する統計によれば、優生手術の被害者は約2万5000人、人工妊娠中絶の被害者は約5万9000人、合計約8万4000人とされている。
このうち、裁判を起こしたのはたった39人である。 2019年には優生手術の被害者に一時金320万円を支給する一時金支給法ができているが、2024年6月30日現在の認定件数は1119件に止まる。
今後、最高裁判決を受けた補償法の制定を行うべく国会においても議論が進められているが、優生思想に基づき法律自体が立法当初から違憲とされた以上、①人工妊娠中絶の被害者についても補償の対象にされなければならない。
また、②殆どの被害者は、手術記録が病院にも自治体にも残っておらず、被害立証が困難であるため、本人や関係者の供述を中心にした緩やかな認定の下で補償が行われなければならない。
そして、最大の課題は、③被害者にどのように補償を届けるかという点にある。被害者自身が被害を知らず、家族等の関係者が未だこの問題に関わった自責の念から抜けられない中で、「悪いのは国であり、本人も関係者も悪くない」というメッセージと併せて、この問題に対する発信を続けなければならない。しかも被害者はみな高齢であり、急を要する。
最高裁判決の中で、三浦守裁判官は補足意見として「平成元年判決等が示した法理が今日まで維持されてきたことは、国が損害賠償責任を負わない旨の主張を維持することを容易にするなど、問題の解決を遅らせる要因にもなったと考えられる」として、裁判所にも解決を遅らせた責任の一端があったと述べた。法律家も医療者も各々の立場でこの問題と向き合い、その責任を明らかにし、社会に発信する責務があるのではないか。
⑵優生思想を解消する教育の推進
最高裁判決は、「上告人(国)は、憲法13条及び14条1項に違反する本件規定に基づいて、昭和23年から平成8年までの約48年もの長期間にわたり、国家の政策として、正当な理由に基づかずに特定の障害等を有する者等を差別してこれらの者に重大な犠牲を求める施策を実施してきたものである。」として、法律が障害者差別を行ってきたことを正面から表現した。国の調査によっても、少なくとも1978年ころまで教科書において「優生結婚の勧め」などが掲載され優生思想に基づく教育がなされていたことが分かっている。
教育において普及された優生思想は、今後教育において解消し、社会から奪われた尊厳を取り戻さなければならない。当然ながら教育は義務教育の過程だけではない。それぞれが関わる教育の中で、この問題を取り上げていくことが重要であると考えている。
(『東京保険医新聞』2024年9月5日号掲載)