[視点]都市の高木を守る―明治神宮外苑再開発問題―

公開日 2024年10月03日

都市の高木を守る―明治神宮外苑再開発問題―


千葉大学名誉教授 藤井 英二郎                                                                                                                                   

都市の樹冠被覆率向上の動きに逆行する日本

 医学雑誌The Lancetに、樹冠被覆率(一定面積に占める高木の樹冠で覆われた面積の割合)を30%まで増やせば、暑さに起因する死者数を約40%減らせるとする論文(Tamara et al.,2023)が発表されたように、都市の樹冠被覆は人の命を左右する要因になっている。

 メルボルンでは2009年気温が46・4℃となり、森林火災と熱波で500人以上がなくなり、2012年時点で20%程度の市街地の樹冠被覆率を2040年までに40%にする目標を掲げている。また、リヨンでは2016年27%の樹冠被覆率を2030年までに30%にするという。

 日本でも熱中症死亡者は急増しているが、高木の樹冠を広げて緑陰を増やす動きはほとんど見られず、逆に既存高木の伐採や樹冠を小さく切り詰める剪定が当たり前になっている。東京都区部の樹冠被覆率は、2013年9・2%、2022年7・3%(Shiraishi・Terada,2024)で、その絶対的低さもさることながら、減少しているのである。

明治神宮外苑再開発は問題山積

 東京都区部の樹冠被覆率減少の典型が明治神宮外苑の再開発による樹木伐採である。外苑再開発計画については、イコモス日本委員会(主査・石川幹子氏)が2021年12月28日「神宮外苑地区に係わる都市計画案」に関する意見書を東京都都市整備局都市づくり政策部都市計画課宛てに提出し、以降都知事や都議会議長、環境影響評価審議会会長等に対して、度々要請や提言等を提出している。そして、極めて多くの方々から計画見直しの要望が出されている。また、都市計画が専門の大方潤一郎氏(東京大学名誉教授)は、外苑再開発計画での公園まちづくり制度や地区計画の容積移転制度適用の問題点、情報不十分で拙速な審議、不十分な市民参加等の問題を詳らかにしている。

 これらの指摘を踏まえれば、外苑再開発計画には次のような問題がある。

①外苑は全国から集まった奉仕団、拠金、献木で整備された国民公園で、全国118団体、延べ4万3779人の青年奉仕団が青山練兵場跡の締め固まった地盤を人力で掘って土壌改良したからこそ、樹齢100年を超える大木が林立する公園になったのであり、計画はそれらを蔑ろにする。

②聖徳記念絵画館南側と中央広場を一体的に構成し、青山正門と絵画館の間を貫く2条の苑路で軸線を強調しながら、絵画館前広場の東側にヒマラヤスギ、西側にスダジイやシラカシの広葉樹を点在させて緊張感を和らげた庭園は、明治大正時代を代表する極めて重要な文化遺産であり、計画はそれを壊すものである。

③1926年10月22日神宮外苑竣工奉献式で奉賛会(会員十万七千余人、賛助会員約七百万人)から明治神宮に対して、「外苑ハ国民多数報恩ノ誠意ニヨリ明治神宮ニ奉献セルモノニテ・・今後外苑内ニハ明治神宮ニ関係ナキ建物ノ造営ヲ遠慮スヘキハ勿論廣場ヲ博覧会場等一時的使用ニ供スルカ如キ事モ無之様御注意アリ度事」(『明治神宮外苑志』1937年)云々として申し入れられた。つまり、極めて多くの国民の善意・尽力・浄財で整備された外苑にはみだりに建物や施設を造らないように申し入れられたのであり、計画はそれに背くものである。

④1926年にわが国初の「明治神宮内外苑風致地区」として内外苑連絡道が指定され、第二次世界大戦後の1951年に外苑が風致地区に指定された。

 風致地区では建築物は高さ15m以下に制限されるが、2000年「東京都風致地区条例に基づく許可の審査基準」でA、B、C、D、Sに地域区分され、2016年高さ約47mの新国立競技場が竣工したように制限が緩和されてしまった。今回の再開発計画ではそれを遙かに上回る超高層ビルが計画されているのであり、風致地区が形骸化する。

⑤1957年に外苑は「明治公園」として都市計画決定されたが、2013年創設の「東京都公園まちづくり制度」が外苑再開発計画に適用され、神宮球場と同様の公園施設であるラグビー場敷地を未供用区域として、都市計画公園区域内に移転・新設する計画で、公園まちづくり制度の主旨を逸脱している。また、公園の容積率を移転して超高層ビルを建てる地区計画も適切な適用ではない。

不適切な移植では樹木は保全できない

 これらの問題に加えて、再開発計画では多くの樹木の伐採、移植が計画されているが、新国立競技場周りの枯損・衰弱した移植樹木で明らかなように、不適切で杜撰な移植では高木保全にはならない。

 また、保全するとされている4列のイチョウ並木にも大きな懸念がある。4列のイチョウ並木は、内側2列が車道と歩道、外側2列が歩道と緑地帯の間に位置している。各列の幹の太さを比較すると、外側2列に比べて内側2列は明らかに細い。約100年前に太さ・樹高に揃えて植えたことを考えれば、内側2列の細さは車道の路盤が厚く車道側に根が張れなかったためと判断される。逆に、外側2列は路盤の薄い歩道と緑地帯に面して成長が旺盛だったことがわかる。

 ところが、近年樹勢悪化が指摘されている個体は特に成長が旺盛だった外側の西1列に多く、その原因として考えられるのが、西1列に近接する建物やテニスコート等である。従って、近接して計画されている野球場や近くの超高層ビル等によってイチョウ並木が保全できない可能性が高いのである。

 以上のように様々な問題を抱えた再開発計画は抜本的に見直す必要があり、歴史的建造物である神宮球場やラグビー場を改修しながら、外苑の往時の構成を復元的に整備すれば、既存樹木も保全でき、急速に進む温暖化に対応できる環境を維持することができる。

 
 「青山口ヨリ聖徳記念絵画館ヲ望ム」
 『明治神宮外苑志』(1937年)から

 

 
 「絵画館玄関ヨリ青山正門ヲ望ム」
 野球場が樹林で遮蔽されている。左右対称の構成でありながら、絵画館前東側にヒマラヤスギ、西側に広葉樹を点在させて緊張感を和らげている。『明治神宮外苑志』(1937年)から

 

(『東京保険医新聞』2024年9月15日号掲載)