公開日 2024年11月01日
精神科病院における身体合併症対応についての提言
相原 啓介
弁護士(高幡門前法律事務所)。心理カウンセラーとしても約18年間の経験を持つ。
クラウドファンディング「一部の問題等のある精神科病院からの退院支援プロジェクト」
を行うなど、転院・退院に関わる意思決定の支援に携わっている。
全国各地の精神科病院において昨今起こった複数の虐待等の事件を通じて、精神科病院における構造的な問題、差別と偏見、行政の監督機能の欠如、長期入院の問題などが改めて浮き彫りになりました。
背景にある問題は多岐に渡りますが、その中の大きな問題の一つが、身体合併症がある人の受け入れ先となる精神科病院の不足です。「他に受けられる病院がないために虐待が疑われる病院でも使わざるを得ない」という現場の声は切実です。
ここでは、透析の問題に絞って、問題の解決に向けたいくつかのアイデアを、必要な予算を勘案しながら順に提案させていただければと思います。
1公立病院の拡充
要透析の精神科の患者さんはどうしても対応困難というレッテルを張られ、多くの病院では受け入れたがらないという問題があります。
差別や偏見が背景にあるようには思われるものの、その現実はすぐには動かないと思いますし、収益の面から見ても、「頑張って精神科に人工透析を導入してみたが実際には患者さんがそれほど来なかった」では経営が立ち行かなくなるため、経済原理で動かざるを得ない民間病院がとりたがるリスクではないとも思います。また、あくまで対応が容易な人だけを受けて、面倒だと思う人はお断りする形になりがちです。
民間が受けたがらない患者さんを社会的に放置しないためには、経済原理・民間病院中心の例外として諸々のリスクが取れる病院、すなわち公立病院の役割が重要になることはほぼ自明だろうと思います。
予算を必要とする内容で、昨今の公立病院民営化(独立採算化)の流れにも逆らうことになるため、実現は簡単ではないかもしれませんが、そもそも論に立ち返れば、どうしてもその議論は避けて通れないと思います。
2一般科(精神科以外の診療科)での受入れの拡充
精神科における身体合併症の問題について、多くの事件を見ると、その実態は「精神科合併症のある人が一般科で容易に受けられる身体疾患の治療を受けられないまま死に至ることがままある」ということではないかと思います。
もちろん精神科の患者さんは場合によっては対応が大変になるものの、個々人による部分が大きく、少なくとも精神科の既往歴があるだけで反射的に一般科での入院を断るような対応については問題があります。
専門性が細かく分かれており現場での対応に余力がない、という事情も理解できますが、巨額な予算を組んで公立病院を拡充しなくても、一般科の各病院で1人~ほんの数人ずつ精神科合併症のある人を今より多く受け入れるだけでも現状直面している程度の規模の問題については解決する可能性があります。
そのためには、医療従事者向けの啓蒙活動や対応に必要なスキルを得るための新たな研修等が必要ですし、保険点数を通じたインセンティブを用意する必要もありますので一定の予算は必要になります。
しかし、それでも公立病院を拡充するよりは安価に行える可能性がありますし、一般科において精神科への理解を深めることは必要なことですので、検討に値することだと思います。
3入院先の精神科病院から外部の病院への外来受診による対応の拡充
精神科に入院している人でも、その病院で対応できない疾患については、外来で定期的に他の病院に通うということはそれなりに行われています。
それは、自分のお金で自力で通院できる人が主だと思われますが、そうではなく、通院に少しサポートが必要だがそれがあれば外来で他院に行けるという人への通院支援に予算が付けば、状況の改善がある程度見込めます。
実際に、私が退院をお手伝いした方で、直接アパートで独り暮らしを始めながら自分で人工透析のできるクリニックに通院している人がいます。
このように患者さん自身の力と、多少のサポートさえあれば対応可能な既存のクリニック等をもっと活用することで、比較的時間とお金をかけずに今よりも問題を軽くできます。
4病院情報の収集と公開
最後に、都道府県レベルでみればほとんどお金はかからないといえるほど安価かつ実行が極めて容易な内容をご提案したいと思います。
巷では「都内には精神科で人工透析が受けられる民間病院は1カ所しかない、もしそこで虐待等があったとしても必要悪ではないか」ということがまことしやかに語られます。しかし、実際には透析を受けられる精神科病院は都内だけでも複数あります。
ただ、ほとんどの現場では、どこにそういった病院があるのかの情報をもっておらず、東京都すらも全く把握していないのが実態です。
東京都に尋ねても、「都が用意した医療機関の検索サイトがあるからそれを使え」と言うだけです。触ってみればわかりますが、都の検索サイトはまるっきり使い物になりません。精神科、人工透析、などで検索すると全く関係ない医療機関が100件以上出てきて、反対に人工透析に絞って探すと今度はどこも出てこない、というような状態です。
このような現実を見ると、結局、不足していたのは医療機関よりも情報なのではないか、という疑問すら生じます。
もちろん、肌感覚としては確かに精神科で透析を探すのは大変だという感触は持っていますし、需給には波があるので、やはりこれまで述べたような対応可能病院を増やす施策については検討が必要です。
ただ、それ以前の話として、各都道府県において精神科で透析対応可能な病院がどこに何床程度あるのかを正確に把握し、その結果を一覧表等にしてホームページに掲載する等、初歩的な病院情報の収集と誰でも容易に使える形での公開を行うことが先決です。これだけでかなりの程度まで状況の改善が見込めます。
こうした情報は、他の施策を検討する上で必須の基礎データにもなりますし、コストに比べて効果が絶大ですので、今すぐにでも実行していただきたい内容です。
(『東京保険医新聞』2024年10月15日号掲載)