公開日 2025年02月12日
能登半島地震と住み続ける権利
金沢大学名誉教授 井上 英夫
2024年1月1日の地震、そして復旧遅れのなか、漸く立ち上がろうとした人々を、9月21日、豪雨・洪水が襲いました。被害は甚大で「神も仏もないものか」と、ようやく湧いてきた気力もくじけそうになり、住み続けるのは無理では、移るしかないのではという声も上がっています。それでも、震災1年を迎え、住み続けたいという願いは強烈で能登の人々が再び立ち上がっています。「住み続ける権利」保障のために、国は何をなすべきか、考えてみましょう。
1国・自治体の義務と責任
現代では、その願いや希望を実現し、住み続ける権利を保障するのは神や仏ではなく、国・自治体です。そのために国・政府・自治体をつくっています。20世紀、21世紀の立憲体制・基本的人権(人権)の保障こそ人類の知恵というものでしょう。
今こそ、国、自治体の出番です。ボランティアや人々の力・頑張りだけではどうにもなりません。被災地の惨状を一目見れば分かりやすい道理です。とくに国の人、物そして財政の全面出動こそ、復旧・復興の鍵です。
2帰りたい・住み続けたい―普通・あたり前の願いの実現
最も被害の大きかった珠洲市大谷地区の区長会会長(69歳)は、地震前に800人余りいた人口は約3分の1になったと言います。「こんな辺ぴな所に住むなというのが行政の本音かもしれない」と話す一方、「ここに住みたい人がいる限り、支えてほしい」と述べました。
別の59歳の区長は、「住み続けるには何が必要か考えてほしい。最低限の生活以上は望まない、それすらもかなえてもらえないのか」と述べました。「国や県は、復旧の遅れには地理的条件の悪さや人手不足も影響していると言い訳する」。しかし、「能登は日本中にある過疎地の縮図だ」「能登が試金石になる。ここを見捨てたら、他の地域も見捨てるつもりでしょう」。
過疎地域であれ、都会であれ、自分の生まれ育った地に帰りたい、住み続けたい。この願いは、わがまま、贅沢でしょうか。普通で当たり前の、人間の基本的要求なのではないでしょうか。それゆえに人権として保障されているのです。
3国の出番―住み続ける権利の保障
「住み続ける権利」とは、「被災者・地域住民が、どこに、誰と住むか、どのように住むか、自己決定し、自分らしく生き、自己の願い・希望を実現することを人権として保障する」ものです。住み続ける権利は、憲法・国際人権条約によって国が保障すべき人権とされています。
⑴憲法22条「居住、移転の自由」
基礎となる憲法22条が保障しているのは、以下のような権利です。①自己の意思で自由に移動できること。②自己の意思に反して居所を移されないという「移動しない自由」。被災地であっても住み慣れた町で住み続けることは、憲法上の権利、つまり国が住民・国民に保障すべき人権である。③住み慣れた地域を離れ「移転」する自由も保障。被災者の自己決定により住み慣れた町を離れて居住した者であっても、行った先で「住み続ける権利」が保障されなければならない。
⑵現代的・総合的な人権
生命権、労働権、教育権、生存・生活権、健康権・文化権等人権の総合的保障によって可能となります。
⑶国際人権条約と住み続ける権利
国連等の人権条約により国の義務として保障され、憲法の人権保障よりも豊かに発展しています。
①国際人権規約の2つの規約(日本では自由権規約、社会権規約と呼んでいるが間違い)、市民的政治的権利規約12条、経済的社会的権利規約11条
②障害のある人の権利条約19、20条
日本は、これらの条約をすでに批准しています。その豊かで進んだ内容と水準は憲法の内容になっているのであり、憲法解釈、立法・行政、司 法に生かされなければならないのです。
4人権とは何か
あらためて、人権とは何か考えてみましょう。
人権とは、尊厳をもって生きるために基本的で必要なニーズを保障することで、その目的は人々の願望・希望を実現することです。
住み続ける権利の根拠と内容は、被災者・住民の願い・希望、生きるために必要な基本的ニーズです。人間の尊厳を理念とし、自己決定・選択の自由、平等を原理とするものです。
人権として保障されることの意味は次の点です。
①人権は、最高位の権利である
②「公助」・支援・援助ではなく「保障」である
自助、共助、「公助」が、社会保障、さらにすべての政策の基本とされ、能登半島地震でも「公助」・寄り添い政策がとられています。しかし、これは人権としての社会保障発展の歴史を無視し、戦前の1874年(明治7年)の、権利性を否定した恩恵的救済制度である恤救規則の時代に立ち返るものです。
③人権保障は国・自治体の義務であり果たさなければ法的責任を負う
④財政は人権保障のために発動されなければならない
⑤人権侵害・剥奪には違憲審査権を行使できる(憲法98条、32条)
⑥人権はたたかいの成果である―2つの努力(憲法97条「自由獲得の努力」、12条「不断の努力」)
5石川県創造的復興プランへの提言
人権保障は、国が最終責任を負うのですが、もちろん住民により近い自治体にも保障責任があります。私たちの検討会議(代表 井上英夫)は、2024年7月31日、石川県に復興計画の見直しを提言しました。
①プランの具体化においては被災住民の思いに基づく「不断」の見直しを行う
②「創造的復興」の前に「復旧」を重視する
③被災者・住民の「参加」を保障する
④「住み続ける権利」の保障主体は、国・自治体である旨を明らかにして、復興を進める
⑤インフラ整備に「集約化」など財政等による抑制的な条件をつけない
⑥石川県成長戦略(2032年度目標)とは切り離し早急に復旧・復興プランを具体化する
⑦被災状況について、ただの事実の列挙ではなく検証をしっかりと行う
⑧志賀原発事故について事実を明らかにし、廃炉に向けた道筋を示す
⑨能登で住み続けるために必要な社会保障施策(居住保障、医療保障、社会福祉施策の保障等)について、復旧・復興の道筋をプランの中核に据え、具体的に提示する
住み続ける権利の視点からの提言ですから、基本的には、国の災害対策、復旧・復興政策にも貫かれるべきものです。
6国のなすべきこと―「平時」の備えこそ非常時の力
⑴災害関連死を防ぐために医療・社会保障の拡充を
建物倒壊などによる直接死よりその後の災害関連死の方が多くなるという、異常な事態が起こっています。死ななくて良い命が、医療体制、医療保障の不備により奪われています。
今回の教訓として以下の3点をあげます。①平常時の備え、分厚い医療こそが、非常時にも大きな力を発揮する。②公務員、医療・福祉、生活保障現場で働く「人権のにない手」への期待、必死の努力だけに頼るのは間違いである。③現在の災害時の医療供給体制・医療保障の苦境は、80年代以降長く続く社会保障・医療再編そして社会保障構造改革推進法等による社会保障、とくに健康権・医療保障削減の結果です。悪政の影響が災害という非常時に露骨に現れています。
⑵災害に対応できる国にするために
さらに幾つか、具体的かつ緊急に国のなすべきことをあげておきましょう。
①軍事費を人権保障、防災・減災、復旧・復興へ
24年度補正予算で軍事費は能登復興の3倍超です。さらに25年度予算では軍事費8兆円、このままではアメリカ、中国に次ぐ世界第3位の軍事大国になります。
②自衛隊をサンダーバードに―いのちを生かす国際救助隊へ
③原発運転中止・廃炉
④観光も大事だが―第一次産業の復興へ
⑤災害対策・復旧・復興政策の転換―人権・住み続ける権利保障へ
⑥防災・減災・人権教育の徹底
7おわりに―健康権・社会保障・社会福祉権のにない手に期待する
保険医協会の皆さんは、人権とりわけ社会保障権・健康権を保障する使命を果たすべき「人権のにない手」です。社会保障権・健康権の保障は、被災地復旧・復興の核です。今までのご尽力・ご支援に感謝するとともに、住み続ける権利保障のために国を動かしましょう。引き続きのご支援をお願いします。何より、能登を忘れないでください。
石川保険医新聞に、昨年8月から「能登半島と住み続ける権利」を連載し、兵庫保険医新聞の2025年1月5日号には、「『住み続ける権利』保障のため行動を」インタビュー記事を掲載していただきました。併せてお読みいただければ幸いです。
(『東京保険医新聞』2025年1月25日号掲載)