公開日 2025年03月17日
『東日本大震災に伴う福島第一原子力発電所事故の影響を受けた地域における災害関連死の特徴』
福島県立医科大学医学部
内 悠奈
1. 背景
放射線災害は人間の健康に直接的および間接的な健康影響を及ぼす。1986年のチェルノブイリ原子力発電所事故後、急性放射線症候群やがん率の長期的増加などの直接的な健康影響が観察された一方、2011年の東京電力福島第一原子力発電所(FDNPP)事故では、主に間接的健康影響が生じた[1]。直接的健康影響と比較して、間接的健康影響は軽視されがちであるが、時として死亡につながる重要な問題である。フロリダでのハリケーン時の死亡率に関する研究では、間接的健康影響による死亡が直接的健康影響による死亡の3倍以上であることが報告されている[2]。また、災害後の避難による間接的健康影響についても議論されている[3]。FDNPP事故後も長期的な避難生活が、特に高齢者や障害者、その他の弱者に対して、身体的および精神的に悪影響を及ぼしていることが指摘されている[4]。
日本には災害弔慰金制度があり、市町村によって災害関連死と認定された人々の遺族には災害弔慰金が支給される。この制度はすべての間接的な健康影響による死亡を網羅しているわけではないが、認定された事例を調査することはこれらの死亡のより明確な全体像を描くのに役立つと考えられる。
2011年3月11日に発生した東日本大震災はマグニチュード9.0を記録した。この地震による津波で、福島県双葉郡大熊町と双葉町に立地するFDNPPで事故が発生した。福島県南相馬市はFDNPPにほど近く、この3重の災害により大きな影響を受けた。同市では津波により636名が亡くなり、また2022年2月14日までに520人の災害関連死が認定されている[5]。
我々は以前、南相馬市における災害関連死を分析し、原子力発電所事故に伴う災害関連死は他の災害と比較して長期間にわたる傾向があることを見出した[6]。さらに、介護度と災害関連死の関係を調査し、介護度が高い人々が災害後早期に死亡しやすい傾向があることも見出した[7]。しかし、死亡までの期間を調べるだけでは災害関連死の特徴を探るには不十分である。災害関連死を防止するためのより明確な知見を得るためには災害後の死因の傾向を調査することが不可欠である。
本研究は、FDNPP事故の間接的影響による災害関連死の詳細を調査し、年齢層および災害後の経過期間による死因の違いを明らかにし、今後の同様の大規模災害時の災害関連死の防止に役立てることである。
2. 方法
2.1. 研究デザインおよび設定
本研究は、2011年9月から2021年2月の間に災害関連死と認定された福島県南相馬市の住民を対象とした後ろ向き観察研究である。図1には、2011年4月22日時点での福島県南相馬市の位置と避難区域の詳細が示されている。福島県南相馬市は福島第一原発の北13~38 kmに位置しており、南部が避難指示区域、中央部が緊急時避難準備区域、西部が計画避難区域に指定された。
図1. 2011年4月22日時点の福島県南相馬市と東京電力福島第一原子力発電所の位置関係. 南相馬市は、福島県浜通りに位置し、福島第一原子力発電所から北に13-38 km離れている. 南部(主に小高区)は警戒区域に指定され、中部(主に原町区)が緊急時避難準備区域に、西部(主に原町区)が計画的避難区域に指定された。
2.2. 参加者とデータ収集
本研究では、東日本大震災時に南相馬市に居住していた住民のうち、南相馬市災害関連死認定委員会によって災害関連死と認定された520名について調査を行った。このデータは南相馬市役所から提供され、2021年7月から10月にかけて死亡記録から遡って収集された。
日本における災害関連死は、1973年法律第82号の「災害弔慰金の支給に関する法律」に基づき、「当該災害による負傷の悪化又は避難生活等における身体的負担による疾病により死亡し、災害弔慰金の支給等に関する法律(昭和48年法律第82号)に基づき災害が原因で死亡したものと認められたもの(実際には災害弔慰金が支給されていないものも含めるが、当該災害が原因で所在が不明なものは除く。)」と定義されている。市町村は認定委員会による審査を経て災害関連死と認定する。ただし、日本の自治体には災害関連死を認定するための全国統一基準がなく、各自治体における認定基準や認定委員会の開催頻度について公表されている情報も限られている。
2.3. データ解析
本研究で取得したデータは統計ソフトを用いて解析した。記述統計は百分率(%)および観察数(n)で表し、連続変数は平均値(範囲、分散)で表した。死因は記述統計を用いて年齢および災害後の期間ごとに分析し、ICD-10コード(国際疾病分類)に基づいて分類した。
2.4. 倫理声明
本研究は、南相馬市立総合病院倫理委員会(承認番号: 2-21)および福島県立医科大学倫理委員会(参照番号: 2020-297)によって承認された。調査の後ろ向きかつ匿名化された性質を考慮し、参加者からの個別のインフォームド・コンセントは必要なかった。本研究は、ヘルシンキ宣言の原則に従って実施された。
3. 結果
3.1. 南相馬市における災害関連死の全体的および年齢別の特徴
南相馬市における災害で亡くなった人々の全体および年齢別の特徴は、表1に示されている。全体として、死亡者の平均年齢は82.69歳であり、51.3%が男性であった。最も一般的な死亡原因は循環器系疾患(27.7%)であり、次いで呼吸器系疾患(25.0%)および悪性腫瘍(15.4%)が続いた(追加ファイル1、表A2)。既往歴として最も一般的な疾患は循環器系疾患(58.8%)であり、次いで精神的および行動障害(27.0%)、内分泌、栄養および代謝障害(20.0%)、消化器系疾患(16.2%)、悪性腫瘍(16.2%)が多かった。
3.2. 年齢層別の死亡者の特徴
表1および図2には、年齢層別の死亡者の特徴が示されている。40代以下の死因の70.0%は自殺によるものであった。50代の死因の50.0%は悪性腫瘍であり、60代以上の死因で最も多かったのは循環器系疾患であった。呼吸器系疾患は、60代、70代、80代の死亡者の間で2番目に多い死因であり、90代以上の死亡者においては、循環器系疾患と並び最も一般的な死因であった。
図2. 年齢層別の死因の特徴
3.3. 災害から死亡までの期間別の死亡者の特徴
表2および図3には災害から死亡までの期間別に分類した死因を示した。死亡の17.6%が1か月以内、23.6%が1~3か月、21.2%が3~6か月、20.1%が6~12か月、17.8%が1年以上経ってから発生している。地震から1か月以内に死亡した人々の主な死因は循環器系疾患(33.3%)であり、次いで呼吸器系疾患(23.1%)、分類されていない症状や異常臨床所見(12.1%)、悪性腫瘍(9.9%)、および外因による傷害や死亡(全て自殺)(2.2%)が続いていた。
災害から1~3か月後の死亡者の主な死因は、循環器系疾患(29.5%)、呼吸器系疾患(27.0%)、悪性腫瘍(12.3%)、分類されていない症状や異常臨床所見(10.7%)であった。
地震から3~6か月後の死亡原因としては、呼吸器系疾患が最も多く(30.9%)、次いで循環器系疾患(25.5%)、悪性腫瘍(16.4%)、分類されていない症状や異常臨床所見(12.7%)、および外因による障害や死亡(全て自殺)(3.6%)であった。
災害から6~12か月後の主な死因は循環器系疾患(27.9%)であり、次いで呼吸器系疾患(23.1%)、悪性腫瘍(20.2%)、分類されていない症状や異常臨床所見(16.3%)、および外因による傷害や死亡(1.9%)が続いていた。
より長期(1年以上)では、循環器系疾患が最も多い死因であり(22.8%)、次いで呼吸器系疾患(19.6%)、悪性腫瘍(18.5%)、外因による傷害や死亡(12.0%)、および分類されていない症状や異常臨床所見(10.9%)が続いている。
図3. 災害発生からの期間別の特徴
4. 考察
本研究により、以下の3つの重要な特徴が明らかになった。第一に、循環器および呼吸器系疾患の罹患率が高齢者において高く、避難による環境変化が間接的な健康への影響を及ぼしやすいことが示唆された。地震後の循環器系疾患の増加は複数の研究で報告されている[8]。呼吸器系疾患については、避難所での感染リスクの高さや、生活環境の変化に伴うストレス、食欲低下、日常生活活動の低下が影響していると考えられる。
第二に、悪性腫瘍が全体の死因の第3位、50代の死因の第1位となっており、避難ががんの診断や治療に影響を与えた可能性が示唆された。先行研究ではインフラ破壊、医療スタッフの不足、避難の影響により、治療の遅れや中断が発生し、社会的孤立が治療遅延につながった事例も報告されている[9]。
第三に、自殺が若年層における主な死因となり、特に災害から1年後以降に増加が見られた。これは先行研究の結果とも一致している[10]。災害後の心理社会的変化として、71.7%が気分の悪化を訴え、79.3%が社会活動の減少を報告しており、災害が精神的健康に長期的な影響を及ぼす可能性が示唆された。
以上を踏まえ、今後の対策として、以下3点を提言する。第一に、避難所環境の改善と避難者向け医療システムの確立である。高齢者を含む健康弱者は環境変化の影響を受けやすいため、避難所の環境整備と健康状態の定期的な確認が必要である。第二に、避難中のがん検診・治療システムの構築である。広域避難により医療システムが影響を受けるため、患者情報を共有し、避難中でも従来通りの治療が受けられるシステムの構築が重要である。また、がん検診率の低下への対策も必要である。第三に、長期的な自殺予防対策の拡充である。避難による地域のつながりの断絶や家族の分離により、避難者が孤立しやすくなる。元のコミュニティを維持・再構築する取り組みが自殺予防に効果的である可能性がある。
本研究にはいくつかの限界がある。第一に災害関連死には、間接的な健康影響による全ての死亡が含まれているわけではない。災害関連と見なされるためには認定が必要であり、その申請がされなかった場合は含まれない。第二に、本研究で使用したデータは主に遺族からの情報に基づいており、医学的な正確性に欠ける場合がある。第三に、症例数が限られているため、年齢層ごとの死因の傾向など、我々の知見には統計的な有意性が欠けている可能性がある。
5. 結論
本研究の結果から、放射線災害後の災害関連死の原因は年齢層および災害発生からの経過期間によって異なることが明らかとなった。今後の研究では、災害発生からの期間と年齢層ごとの適切な介入方法を検討することが重要である。
6. 参考文献
[1] Tsubokura, M.Secondary health issues associated with the Fukushima Daiichi nuclear accident, based on the experiences of Soma and Minamisoma cities. J. Natl. Inst. Public Health. 67, 71-83 (2018).
[2] McKinney N, Houser C, Meyer-Arendt K. Direct and indirect mortality in Florida during the 2004 hurricane season. Int J Biometeorol. 2011;55:533-46.
[3] Waddell SL, Jayaweera DT, Mirsaeidi M, Beier JC, Kumar N. Perspectives on the Health Effects of Hurricanes: A Review and Challenges. Int J Environ Res Public Health. 2021;18(5):2756. doi:10.3390/ijerph18052756.
[4] Sawano T, Shigetomi S, Ozaki A, Nishikawa Y, Hori A, Oikawa T, et al. Successful emergency evacuation from a hospital within a 5-km radius of Fukushima Daiichi Nuclear Power Plant: the importance of cooperation with an external body. J Radiat Res. 2021;62;Suppl 1:i122-8.
[5] Damage and recovery from the Great East Japan Earthquake R4.2.14 Minamisoma City Disaster Countermeasures Headquarters members meeting materials.https://www.city.minamisoma.lg.jp/material/files/group/8/340_siryou1.pdf. Accessed 8 Oct 2022.
[6] Uchi, Y. Sawano, T., Kawashima, M., et al., 2023. Preliminary analysis of certified disaster-related death in the affected area of the Fukushima Daiichi nuclear power plant accident following the Great East Japan Earthquake: an observational study. Ann. ICRP 52(1-2) Annex, 196-202.
[7] Kawashima M, Sawano T, Murakami M, Moriyama N, Kitazawa K, Uchi Y, et al. Association between the deaths indirectly caused by the Fukushima Daiichi nuclear power plant accident (disaster-related deaths) and pre-disaster long-term care certificate level: A retrospective observational analysis. Int J Disaster Risk Reduc. 2023;96:103989, ISSN 2212-4209.
[8] Ogawa K, Tsuji I, Shiono K, Hisamichi S. Increased acute myocardial infarction mortality following the 1995 Great Hanshin-Awaji earthquake in Japan. Int J Epidemiol. 2000;29:449-55.
[9] Ozaki A, Leppold C, Sawano T, Tsubokura M, Tsukada M, Tanimoto T, et al. Social isolation and cancer management - advanced rectal cancer with patient delay following the 2011 triple disaster in Fukushima, Japan: a case report. J Med Case Rep. 2017;11:138.
[10] Orui M, Suzuki Y, Maeda M, Yasumura S. Suicide rates in evacuation areas after the Fukushima Daiichi nuclear disaster. Crisis. 2018;39:353-63.