【医学生・若手医師論文コンクール2024】優秀賞作『日本における医療機器の開発促進』

公開日 2025年03月17日

『日本における医療機器の開発促進』

大阪大学医学部医学科

田代 大貴

1. 現状 日本の医療システム

 日本の医療システムは、皆保険制度を基盤に高品質な医療サービスを提供してきた。最先端の医学を学び、患者の健康に貢献することは医師の本懐であり、医療従事者の重要な使命でもある。しかし、少子高齢化や医療技術の高度化が進む中、これらの医療サービスを持続可能な形で提供できるか疑念がある。

 少子高齢化が進むにつれ高齢者人口割合が増加し、医療費の急増が現役世代や高齢者自身に経済的負担を強いる状況となっている。これが続けば、老後の生活への不安が広がり、社会全体が希望を持ちにくい環境に変化する恐れがある。また、働き方改革により医師の労働時間が短縮されたものの、患者数の増加は止まらない。そのため、医療現場では優先順位を決めるトリアージが必要とされる状況が増えている。この結果、医療資源が限られ、供給不足が深刻化する可能性が高まっている(図1)。

 さらに、医療費増大の一因として挙げられるのが医療機器の輸入依存である。日本製の内視鏡は世界的に評価されているが、多くの医療機器は依然として海外製品に頼っている。その輸入金額は年々増加しており、輸入金額が輸出金額と同じペースで増加しており、輸入超過の継続が予想される(図2)。加えて、円安や地政学的リスクが輸入リスクを増大させる。この状況が続けば必要な医療機器の供給不足を引き起こしかねず、医療費増大や医療資源不足により命を救えなくなる可能性が高まる。


図1. 日本の医療の現状


図2. 医療機器の輸入・輸入金額の推移
令和4年(概要)薬事工業生産動態統計調査から作成[1]

2. 課題 医療機器開発の困難さ

 日本の医療機器開発には、基礎研究の成果が実用化されにくいという課題がある[2]。私の経験からも多くの研究が学会発表や論文公開で終わり、社会への還元は少ない。一方で、研究成果を実用化するには多額の研究費や開発資金が必要とされる。

 さらに、独自の実験手法や解析技術が特許として確保されていない場合、他の研究機関での活用が難しくなる。この結果、研究成果の共有が進まず、再現性や応用性が制限され、社会的損失が大きくなる。特許取得が進めば技術の再現性が向上し、研究成果の早期の社会還元が期待される。

 また、データ共有は研究促進の鍵となるが、日本では患者情報保護に関する規制が厳しく、海外機関とのデータ共有が難しい。シンガポールを訪問した際、現地教授から「日本はデータ共有に消極的で共同研究が進まない」との指摘を受けた経験がある。多くの場合、患者データは病院や大学間のみに限定されている。そのためビッグデータは存在せず、小規模なデータが点在する状況が続いている[3]。この状況では国際的な研究連携が制約され、日本の競争力低下につながっている。

 さらに大きな課題としては、薬機法による厳しい規制である[4]。臨床試験は患者の安全確保に不可欠だが、多額の費用と長期間を要し、中小企業やベンチャー企業にとって財政的負担が大きい。また、日本の臨床試験は海外と比べて時間がかかり、医療機器の市場投入を遅らせる要因となっている。

 さらに、医療機器の価格は診療報酬に大きく依存しており、保険外医療機器の導入は医療機関にとって経営リスクとなりやすい。そのため、画期的な技術であっても使用機会が限定されることが多い。一方で、患者の命を救う可能性がある医療機器には価格制限が設けられない場合があり、開発費用を回収しやすいが、高コストのため医療現場での導入を妨げることがある。

3. 解決策

3.1. 国内医療機器開発の強化

 国内医療機器の開発を強化し、日本製品の国際競争力を高める必要がある。米国では、医師がベンチャー企業を経営し、臨床ニーズを反映した機器を開発している[5]。例えば、Shockwave Medicalでは心臓血管外科医が低侵襲な血管内砕石術を用いる機器を開発し、J&Jに買収された。このように医師が医療機器開発に取り組める環境を整えれば、高価値な製品の創出が期待できる。

 日本でも心疾患や脳卒中の増加に対応した医療機器開発が急務とされている。日本では高齢化社会や災害医療に特化することで、独自性の高い医療機器を開発できる。例えば、高齢者向けの人工膝関節や介護補助機器、災害時に使用可能な携帯型診断機器などが挙げられる。これらの製品は国内外で大きな需要が期待され、日本の高齢化社会で価値のある製品は、他国のモデルケースとしても通用すると考えられる。

 国内での医療機器開発を加速させるには、大学や企業、地方自治体が一体となった「医療機器開発拠点」の設立が有効である。例えば、アメリカのミネソタ州では、「Medical Alley」というエコシステムが機能しており、数多くのスタートアップ企業がそこから生まれている[6]。日本でも、類似の拠点を設立し、政府の補助金や研究助成金を組み合わせることで、医療機器の早期実用化を促進できる。

3.2. 多様な背景を持つ人材育成

 医療機器開発を推進するためには、専門知識を持つ人材の育成が不可欠である。日本では2014年にバイオデザインプログラムが導入され、医療従事者と企業が連携して製品開発を進めている。このプログラムを通じて創立された心臓リハビリを遠隔で行う「リモハブ」は、成功を収め大手企業に買収された[7]。さらに、大阪大学の「TRACS」プログラムや神戸大学の「医療創成工学専攻」では、医療機器開発を専門とする教育課程が設置されている。

 これらのプログラムの特徴は、医師に限らず、エンジニアやビジネスパーソンなど多様なバックグラウンドを持つ参加者が協働することである。各分野の専門知識と臨床現場のニーズを融合させることにより、革新的かつ実用的な医療機器の開発が可能になる。医療機器の市場調査やビジネスモデルの構築まで学ぶことができ、即戦力となる人材を育成している。参加者の増加と教育の質の向上により、臨床現場の課題解決に直結する製品が次々と生み出されることが期待される。

3.3. 特許取得の促進

 特許取得を促進するため、研究者が学会発表前に特許を申請しやすい仕組みを構築することが求められる。特に、臨床や研究を並行して行う医師にとって、複雑な特許申請は時間的な負担が大きい。そこで、特許庁の職員が大学に出向し、支援を行う仕組みが整備されている[8]。日本の特許審査は世界最速で質が高いため、申請書類が整えば迅速な取得が可能である。この特許取得により技術の普及と研究者への利益還元が進み、研究費獲得の負担が軽減される。また、特許使用料の収益を継続的な研究財源として活用することで、患者への還元までの期間を短縮できる。さらに、特許を業績評価に加えることで、研究者の社会還元への意欲を高めることが期待される。

3.4. 国際的な連携の強化

 日本と海外の研究機関がデータ共有や共同解析を進めれば、新技術の開発速度を大幅に向上させることができる。国内では、PMDAと開発企業が定期的に対話を行い、承認プロセスを迅速化する取り組みが進行中である。これにより、日本で開発された医療機器が早期に市場に投入され、医療現場のニーズに迅速に応えることが可能となる。すでに日本の医療機器はアジアやアフリカで展開されているため、この動きをさらに促進し、持続的な医療支援や市場拡大につなげることが重要である[9]。

4. 展望 未来と世界に渡った医療の発展

 高齢化社会が進む中、医療費の拡大や働き方改革による医療資源の供給不足が大きな課題となっている。この問題に対応するためには、日本発の医療機器ベンチャーを増やし、輸出を拡大することが必要である(図3)。これにより、医療費の増加を抑えながら国民の負担を軽減し、質の高い医療を持続可能な形で提供する社会を実現できる。

 これらの解決策を実行することで、日本は高齢化社会における「安全で健康的な国」のモデルケースを築くことが可能となるだろう。世界的に高齢化が進む中で、日本の課題解決策を世界に先駆けて提示することで、他国への貢献も期待される[10]。また、国内症例データの蓄積を進めることで、臨床試験の効率化と迅速な医療機器の実用化を図ることができる。

 私は臨床医としてのキャリアに加え、研究や医療機器開発を通じて、日本の医療システムを発展させたい。そして、未来の医療を発展させ、世界の人々に貢献したいと考えている。


図3. 医療機器開発による日本の医療の質の向上

5. 参考文献

[1] 総務省統計局, 「医療費の推移」, 2023年, https://www.e-stat.go.jp/stat-search/files?page=1&layout=datalist&toukei=00450151&tstat=000001212741&cycle=7&tclass1val=0 (参照日: 2024年11月16日)

[2] 経済産業省, 「医療機器産業とヘルスケアに関する調査報告書」, 2023年, https://www.meti.go.jp/shingikai/mono_info_service/medical_equipment_healthcare/pdf/002_01_02.pdf (参照日: 2024年11月16日)

[3] 厚生労働省, 「令和3年度 医療費調査報告」, 2022年, https://www.mhlw.go.jp/content/10808000/001206322.pdf (参照日: 2024年11月16日)

[4] 日本小児血液・腫瘍学会, 「医療研究開発における知的財産と産学官連携―医薬品と医療機器について」, 2021年, https://www.jstage.jst.go.jp/article/jspho/55/3/55_254/_pdf (参照日: 2024年11月16日)

[5] Stanford Biodesign, 「Shockwave Medical: Innovation in Intravascular Lithotripsy」, https://biodesign.stanford.edu/our-impact/technologies/shockwave-medical.html (参照日: 2024年11月16日)

[6] 日本貿易振興機構(JETRO), 「日本の医療機器市場の現状」, 2019年, https://www.jetro.go.jp/biz/areareports/2019/7ec0df32c9bfb999.html?_previewDate_=null&revision=0&viewForce=1&_tmpCssPreview_=0%2F%2Fbiznews%2F%2F%2Fevents%2F%2F (参照日: 2024年11月16日)

[7] 日本経済新聞, 「医療ベンチャー『リモハブ』、遠隔心臓リハビリで実用化」, 2022年, https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUF142RC0U2A310C2000000/ (参照日: 2024年11月16日)

[8] 特許庁, 「知的財産戦略における課題と展望」, 2022年, https://www.jpo.go.jp/resources/shingikai/sangyo-kouzou/shousai/chizai_bunkakai/document/18-shiryou/04.pdf (参照日: 2024年11月16日)

[9] 厚生労働省, 「令和4年度 医療政策概要」, 2023年, https://www.mhlw.go.jp/content/10807000/000786035.pdf (参照日: 2024年11月16日)

[10] 経済産業省, 「医療機器産業ビジョン2024」, 2024年, https://www.meti.go.jp/policy/mono_info_service/healthcare/iryou/downloadfiles/pdf/iryoukikisangyouvision2024/iryoukikisangyouvision2024.pdf (参照日: 2024年11月16日)