【医学生・若手医師論文コンクール2024】最優秀賞作『医学生の特定診療科枠に対するイメージに基づく、学生視点からの診療科偏在対策の提案』

公開日 2025年03月17日

『医学生の特定診療科枠に対するイメージに基づく、学生視点からの診療科偏在対策の提案』

浜松医科大学医学科

髙木 柊哉

1.背景・目的

 日本の医療において、医師の診療科偏在が長年の課題となっている。1)この課題を解決するために、厚生労働省は平成20年以降、医学部定員の増加や特定の診療科(救急科や産婦人科など)での就労が義務付けられる地域枠制度(以下、特定診療科枠と呼ぶ)の導入を行ってきた。2)医学部定員の増加に伴って、令和2年における医師総数は平成6年に比べて約2.2倍に達したのにも関わらず、特定診療科である外科や産科・産婦人科における医師数は平成6年から変化がなく、特に平成6年から平成18年にかけては減少傾向にある(表1)。

表1 平成6年を1とした場合の診療科別医師数の推移3)

 診療科偏在の傾向は今もなお続いていることから、厚生労働省は武見敬三前厚生労動大臣が本部長として指揮をとる厚生労働省医師偏在対策推進本部を設置した。令和6年9月に実施された第1回の検討会においては、外来医師多数区域での新規開業について規制をかける必要性が検討されている。医師少数県の臨時定員地域枠の拡充についても検討されており4)、特定診療科枠においても利用者の義務の強化などといったより強固な対策が講じられる可能性がある。診療科偏在を解決すべく、対策を議論することは必要なことではあるが、これらの検討会に医療現場で働く若手医師や今後の医療を担う医学生といった実際に制度を利用する側が参加することも必要だと考えられる。しかし、現状の検討会ではその機会に乏しいことから、若い世代の意見が診療科偏在対策に反映されにくい現状にあると言える。

 そこで、本稿では診療科毎の必要な医師数を確保し、医師の診療科偏在を解決すべく、医学生の特定診療科枠に対するイメージを明らかにし、診療科偏在対策の新しい手法を学生の視点から提言することとする。

2. 方法

 全国の医学生を対象とした機縁法によりGoogleフォームを用いたアンケート調査を実施した。今回のアンケート調査では回答者全員に対して、「年齢・学年などの属性」「特定診療科枠の利用の有無」「特定診療科のイメージ」を、特定診療科枠の学生に対して、「特定診療科枠の利用理由」「義務年限終了後の転科の有無」「特定診療科枠に対する総合評価」を、一般枠の学生に対して、「特定診療科枠の利用に対する考え」を問うた。解析にはExcelを用いてカイ二乗検定を行った。

3. 結果

 全国35大学、795名の回答を得ることができた。795名のうち、一般枠の学生は760名、特定診療科枠の学生は35名であった。学年や性別といった属性は表2に示す。

 アンケートの回答者全員に対して、「特定診療科枠の対象となる診療科について、どのようなイメージを持っていますか(複数回答可)」と問うたところ、「人手が足りず、忙しい」と回答した学生が700名であり、全体の88%を占めた。「訴訟が多い」と回答した学生は182名で全体の23%、「特定診療科枠の学生が専攻する」と回答した学生が98名で全体の12%を占めた(表3)。これら3つの選択肢について、1~3年生、4~6年生の2群に分け、カイ二乗検定を行ったところすべての選択肢についてp>0.05であり、これらの特定診療科枠の対象となる診療科に対するイメージにおいては高学年の群、低学年の群で統計学的有意差は認められなかった。
一般枠の学生に対して特定診療科枠に対するイメージ(複数選択可)を問うたところ、「途中辞退が難しい」と回答した学生が568名で全体の75%を占め、最も多かった。「合格しやすいというイメージがある」と回答した学生が468名で全体の62%を占め、次いで多かった。「卒後のキャリアや出産・育児に影響が出る恐れがある」と回答した学生が454名で全体の60%を占めた(表4)。

 特定診療科枠の利用理由は「奨学金がもらえる」と回答した学生が30名で、全体の86%を占めており、最も多かった。「入学試験の合格のしやすさ」を利用理由としている学生が12名で全体の34%であり、次いで多かった(表5)。

 特定診療科枠の学生に対して、「義務年限の終了後、他の診療科に転科をすることを検討していますか」と問うたところ、「はい」と回答した学生が2名、「場合による」と回答した学生が23名という結果が得られ、全体の71%の学生が義務年限終了後に転科することを視野に入れていることが分かった(表6)。

 最後に特定診療科枠の学生に対して特定診療科枠を利用することに対する総合評価を5段階評価(1が低い、5が高い)で問うたところ「4」と回答した学生が19名で全体の54%と最も多かった(表7)。

表2 回答者の属性(人)

表3 特定診療科に対するイメージ n=795

表4 一般枠の学生の特定診療科枠に対するイメージ n=760

表5 特定診療科枠の利用理由 n=35

表6 義務年限終了後の転科の有無 n=35

表7 特定診療科枠に対する満足度 n=35

4.考察

 特定診療科枠の学生の多くが奨学金を目的としていること、卒後のキャリアや出産・育児といったライフイベントへの影響を不安視する声があること、途中辞退が難しいと感じている学生が多いことから、特定診療科枠の学生は卒後のキャリアが制限されるリスクを負いながらも、奨学金の受給を目的として制度を利用していると考えられる。さらに、71%の学生が義務年限の終了後に特定診療科から他の診療科への転科を視野に入れており、大学入学時に自らが専攻する診療科を狭めることは時期尚早であると考えられる。

 一般枠の学生は「特定診療科枠は合格しやすい」というイメージを持っていること、また、「特定診療科は特定診療科枠の学生が専攻すればいい」と感じている学生が一定数いることから、特定診療科に対し、「奨学金や合格のしやすさと引き換えに義務として就労する医師が多い診療科」というイメージを持ってしまうことが懸念される。このようなイメージを持ってしまうことで一般枠の学生が特定診療科を専攻することを忌避してしまう可能性があると考えられる。

 表7に示した特定診療科枠に対する学生の満足度では、19名が「4」と回答をしており、一見すると制度を利用する学生・主体者の双方にとってよい制度と言えるかもしれない。しかし、特定診療科枠の学生は義務年限終了後に転科してしまう可能性があること、一般枠の学生は特定診療科に対するイメージの低下により特定診療科の専攻を忌避してしまう可能性があることから、将来的に特定診療科枠に従事する医師数の低下を招いてしまう恐れがある。現行の制度においては、特定診療科枠を利用して入学した学生が専攻医として活躍できるようになる約10年後の診療科偏在に対しては効果的かもしれないが、長期的に有効な新たな診療科偏在対策が必要となると考えられる。

 長期的に有効な診療科偏在対策として、学生が特定診療科を忌避してしまう根本的な原因の解決をすることが求められている。学生が特定診療科を忌避してしまう最も大きな原因として特定診療科の「忙しさ」があげられる。例えば、千葉県のすべての周産期母子医療センターにおいて、新生児科の常勤医師が9名以下である5)。一見多そうに見える数字ではあるものの、周産期母子医療センターに勤務する医師の平均時間外在院時間は年間約2200時間6)であり、医師の働き方改革において長時間勤務が避けられない場合に認められる残業時間である年間1860時間7)をはるかに超えていることからも、その労働の過酷さが分かる。これらの労働環境を改善するためには病院の更なる集約化が必要と考える。病院の集約化を進めることによって1つの医療機関当たりの医師数を増加させることが可能となり、医師1人当たりの当直や緊急対応といった負担を低減させることができる。また、病院の集約化を進めることで労働条件が改善することにより、医療の質向上にも寄与すると考えられる。

 もう1つの学生が特定診療科を忌避してしまう原因として「訴訟の多さ」があげられる。我が国では医療事故に対する補償は原則として裁判による過失責任によって処理されている。8)合併症など医師に過失がないにも関わらず不可避的に生ずる有害事象があることは事実であるにもかかわらず、しばしば紛争化している。実際に医療訴訟に発展した医療事故のうち、地裁民事第一審における容認率は一部容認を含めても20%となっている(令和5年)。9)医療事故を防ぐため最大限の安全対策を講じることはいうまでもなく必要であるが、とはいえすべての医療事故を防ぐことは現実的ではない。不可逆的に生じてしまった医療事故によって大切な家族を失った遺族に対し、訴訟という紛争手続きを経ることなく補償をすること、医師を医療訴訟から守ることの2つの観点から考えると、無過失保証制度の早期実現が求められるし、非紛争化することで診療科偏在の解消にもつながるものと考える。

5.本研究での限界と展望

 特定診療科枠の制度の主体は都道府県であり、制限される診療科や専門医資格の取得の義務は都道府県によって異なっている。それゆえ今回の研究においてはそれぞれの都道府県における問題点・成功点を明らかにすることができたわけではない。今後の研究では、特定診療科の運営に成功している県の制度について制度の主体・利用する学生双方に対するインタビュー調査を行うことなどよってより効果的な診療科偏在対策について学びたいと考えている。

6.結語

 奨学金や合格のしやすさと引き換えに強制的に医師を配置する手法は診療科偏在の解決に資するか疑問であり、かえって特定診療科に対するイメージ低下をも招きかねない。当事者となる研修医、医学生の意見を聞き、将来の選択肢を制限することなく診療科偏在を解決する手法を模索できるよう期待している。

〈参考文献〉

1)厚生労働省:医師偏在対策について 
https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-10800000-Iseikyoku/0000194394.pdf

2)厚生労働省:これまでの医師偏在対策について
https://www.mhlw.go.jp/content/10800000/000748479.pdf

3)厚生労働省:令和4年度版厚生労働白書―社会保障を支える人材の確保―
https://www.mhlw.go.jp/stf/wp/hakusyo/kousei/21/backdata/01-01-02-05.html

4)厚生労働省:第1回医師偏在対策推進本部
https://www.mhlw.go.jp/content/10800000/001300250.pdf

5)吉村健佑氏:医療政策決定プロセスの実際 ちば医経塾 2024年5月

6)日本産婦人科医会:産婦人科医療供給体制と働き方改革総論
https://www.jaog.or.jp/work-style-reform/work-style-reform/detail03/

7)厚生労働省:医師の働き方改革について
https://www.mhlw.go.jp/content/10800000/000818136.pdf

8)日本医師会:医療における無過失保証制度
https://www.med.or.jp/doctor/rinri/i_rinri/g05.html

9)最高裁判所:地裁民事第一審通常訴訟事件・医事関係訴訟事件の認容率
https://www.courts.go.jp/saikosai/vc-files/saikosai/2021/210630-3tujoninyouritu.pdf