公開日 2025年06月09日
保険診療としての漢方薬の必要性
日本臨床漢方医会 理事長 渡辺 賢治
日常診療に浸透した漢方薬
本紙の読者にも漢方薬を日常診療に用いている先生は多いと思う。日本の医師の9割近くが日常診療で漢方薬を用いているというサーベイもある。
漢方薬は、どの科においても満遍なく使われていて、多くの場合西洋薬と一緒に使われている。これは日本の医学教育に拠るところが大きい。どういうことかというと、中国、韓国などは西洋医学の医師ライセンスと伝統医学の医師ライセンスが分かれているため、両医学を自由に使うことには制限がある。しかしながらわが国の医師ライセンスは西洋医学のみであり、西洋医学の知識をつけた上で、漢方を日常診療に取り入れている医師が多いのである。
東西医療を両方用いるのを「統合医療」というが、わが国は世界でも類を見ない統合医療のモデルを構築してきた。このことは伝統医学を推進するWHOからも注目されている。
わが国における東西医療の融合は今に始まったことではない。世界で初めて全身麻酔下で乳がん手術を行った華岡青洲も、術後の回復を早めるために漢方薬を用いたり、東西医療を駆使していた。現在の医療用漢方薬のうち、皮膚疾患に用いる十味敗毒湯と傷ややけどに使う軟膏の紫雲膏は華岡青洲の創方である。いいものは何でも使う、という気質は日本人が培ってきた知恵かもしれない。
漢方薬が保険適用になったのは1967年に遡る。この時はまだ4処方のみであった。1976年になると、大々的に漢方薬が保険適用となる。徐々に処方数は増えて、現在では147処方と1軟膏(紫雲膏)が保険適用となっている。
すべての診療科において漢方薬が用いられている、と述べたが、例えば腹部手術後のイレウス予防に使われる大建中湯は多くの病院で術後クリニカルパスに入っている。抑肝散は認知症の周辺症状に用いられており、在宅診療の先生からは重宝がられている。葛根湯と小柴胡湯加桔梗石膏は新型コロナ感染症に対して用いられた。八味地黄丸は前立腺肥大や過活動膀胱に、牛車腎気丸は糖尿病の末梢神経障害に多く用いられている。婦人科三大処方といわれる当帰芍薬散、加味逍遙散、桂枝茯苓丸は、更年期障害や月経困難症、月経前症候群にはなくてはならない処方となっている。
漢方薬の保険外しが医療現場にもたらす影響
ところが今年に入り日本維新の会から、社会保障改革で4兆円の予算削減を目指す提案がなされた。中でもOTC類似薬の保険適用を外すことで、1兆円の予算が削減できると試算していて、社会保障改革の目玉になっている。それを受けて、自民党・公明党・日本維新の会の3党による社会保障改革の協議が3月18日から始まった。OTC類似薬には漢方薬も含まれる。
こうした動きに対して日本臨床漢方医会・日本東洋医学会・日本漢方生薬製剤協会の三団体は足並みを揃えて活動してきた。日本東洋医学会の高山真副会長が作成してくれた「保険診療における漢方薬の貢献」という資料をベースにして、関係各所に説明を重ねてきた。この資料の抜粋版は日本臨床漢方医会、日本東洋医学会揃ってHPに掲載しているので、御覧いただければ幸いである。
その骨子は下表の通りである。
これらの主張はそれぞれに論文に基づいた根拠のある主張であり、何よりもこれだけ医療現場に浸透し、医師も患者も必要としているものである以上、保険給付から外そうという主張には断固反対をしている。
漢方の医療経済への貢献
日本維新の会は漢方薬を削れば医療費が削減できるように主張しているが、漢方薬を用いることで、医療経済的にメリットがあることも多い。例えば季節性インフルエンザに対し、麻黄湯はオセルタミビルよりも解熱までの時間を短縮する。さらに麻黄湯は最大でも3日間の投与で十分であり、季節性インフルエンザ患者1200万人のうち、300万人がオセルタミビルを5日間服薬する代わりに麻黄湯を服薬した場合、年間97億円の医療費削減が期待できる(2016年当時)。
大腸がんの術後に大建中湯を使用することで、開腹術後の入院期間は2・1日、腹腔鏡手術後の入院期間は4・3日、トータルでは3・5日入院期間が短縮されていた。これにより、患者の負担も軽くなり、医療経済的にも利点が大きいことが分かった。
その他、高齢者のポリファーマシーに対しても、漢方薬の使用により減薬が可能となった報告は多数ある。例えばベンゾジアゼピン系の薬は高齢者でふらつきや転倒事故などを誘発するが、半夏厚朴湯で減薬が可能であり、副作用はほとんどない。
漢方薬が医療経済に貢献していることはあまり知られていないが、われわれとしても今後さらに幅広く説明していく予定である。
OTC類似薬は7000あると言われているが、その一つひとつの後ろには多数の患者さんがいる。われわれは2009年、民主党政権による事業仕分けで漢方薬が保険給付から外されそうになった時に、予算が決定するまで時間がない中、3週間で92万4808名の署名を集めた。国の政策の主役は国民であることを念頭において、この国の将来を決めて欲しいと願っている。
(『東京保険医新聞』2025年6月5日号掲載)