[視点]独法化から3年の都立病院 ショックドクトリンの可能性

公開日 2025年09月26日

独法化から3年の都立病院 ショックドクトリンの可能性

                     

都立病院労組 書記長 大利 英昭
 

公立病院の独法化 短期的問題と長期的問題

 公立病院が独法化された場合、その影響は短期的問題と長期的問題に分けられます。短期的問題とは、経営危機を前面に押し出し急進的な「改革」として、患者窓口負担の増大、職員の労働条件切り下げ等が引き起こす問題です。都立病院独法化の場合は長年の反対運動の力で、これらの問題を抑え込むことができました。

 長期的問題は設立自治体からの繰入金の逓減が引き起こす問題です。医療機器などの更新ができない、施設の修繕・建て替えなどができないなどハード面の問題。そしてこちらの方がより深刻なのですが、職員の賃金をコストとしか考えない経営によるベテラン職員育成不全です。

 都立病院機構の場合、入職して12年で昇給停止、あとは試験を受けて出世していかないと昇給はありません。そのようにして退職に誘導し人件費を抑制する経営で、多くの独法病院が、この経営戦略を取り入れています。

 人材育成不全の深刻なところは、問題に気が付いた時にはすでに遅いという点にあります。医療機器の更新は、とにかくお金を集めれば何とかなります。しかし人材問題はそうはいきません。ベテラン看護師が足りないことに気が付いても、自前でベテラン看護師を育てるには時間が必要で、もはや手遅れなのです。この典型が、コロナ禍の大阪コロナ重症センターでした。呼吸器を確保することはできましたが、それを操作する看護師が決定的に不足しました。

わずか3年で起こったベテラン看護師不足

 では、独法化から3年を経た都立病院機構はどうなっているでしょうか。実は、わずか3年で、ベテラン看護師不足が起きています。法人本部は、25年10月から、ベテラン看護師不足になっているいくつかの都立病院に、他の都立病院から看護師を半年間派遣します。いくつかの病院では、新人看護師が育つのを待っていられないほどのベテラン看護師不足になっています。コロナ禍と独法化のダブルパンチにより、予想を超えた看護師の退職が続き、わずか3年で看護師確保戦略が破綻してしまったのです。半年間の看護師派遣は、応急処置でしかありません。今は、いくつかの病院ですが、数年後には、すべての都立病院がベテラン看護師不足に直面することになるでしょう。その時には、病院間の派遣といった応急処置もできないでしょう。

都が演出した「赤字問題」

 今こそ人件費をコストとしか考えない経営戦略を捨てるべきです。人件費は確かにコストですが、未来の医療を担う人材を育てる先行投資でもあるのです。しかし、経営本部はそのような戦略転換はできないでしょう。なぜなら赤字問題があるからです。

 独法化以降、23年度は183億、24年度は239億の赤字になりました。24年度は医業収益だけをみると680億の赤字です。都立病院の赤字の原因も、他の病院の赤字と同じです。診療報酬が諸物価の高騰に追いついていないことが原因です。

 患者数がコロナ禍前の状態に戻っていないことも指摘されています。コロナ禍以降の患者の受療行動の変化と言われています。しかし背景には貧困問題があるのではないでしょうか。だとしたら、診療報酬改定による患者負担の増大は、さらなる患者減を招く可能性があります。精緻な分析が必要ですが、患者負担のこれ以上の増は回避する必要があることも事実です。

 独法化された段階で、機構には約1000億の預金がありました。このまま抜本的な対策を講じず毎年約200億の赤字が積みあがれば、独法化から5年の27年度には負債が上回り経営を圧迫することになります。このまま物価の上昇が続き、26年度の診療報酬改定で抜本的な見直しがされなければ破綻は確実にやってきます。

 しかし対策に動こうとする都の動きは見えません。都は巨大な財政を持っていますから、一時的に都立病院機構への繰り入れを増額し赤字を圧縮することも可能でした。しかし都はそのような対策を何も取りませんでした。ですから、この間の赤字は都によって演出された赤字という側面もあります。

ショックドクトリンを防ぐために

 都はショックドクトリンを狙っているのかもしれません。22年の独法化は、長年の独法化反対運動により急進的な新自由主義政策は封じ込められました。

 小池都政にとって独法化とは、行政医療を提供する都立病院を都から切り離すだけでなく、都立病院を儲けの場として活用することにあります。平時にそのような主張をすれば厳しい都民の反発にあいます。しかし、突然に都立病院大赤字をキャンペーンし、このままでは行政医療の維持どころか都立病院が倒産してしまうと危機を演出し、多くの都民が不意を突かれているすきに、22年の独法化で封じ込まれた急進的新自由主義政策を実行するのです。例えば医療ツーリズムの採用、国も同様に歩調を取れば高額な実験的先端医療の導入等も可能になるでしょう。あまりにもデストピアな予想ですが、あり得ないことではありません。

 不意を打たれなければショックドクトリンは実行できません。そのためには、まず知ることが重要です。演出された巨額赤字に騙されてはいけません。

(『東京保険医新聞』2025年9月25日号掲載)