[視点]医療事故調査制度施行10年 医療事故の定義を再確認し、誤解を解消しよう

公開日 2025年10月06日

医療事故調査制度施行10年 医療事故の定義を再確認し、誤解を解消しよう

                     

日本医療法人協会理事・鹿児島県医療法人協会会長/(一社)医療法務・政策研究協会理事長 小田原 良治


 医療事故調査制度は、2015年10月1日に施行された。施行後10年になる。この間、本制度は、ほぼ順調に機能しており、わが国の医療安全のレベルは、全体的にアップしたと思われる。「医療の内」と「医療の外」を切り分ける考え方も定着しつつあり、医療事故調査制度は、「医療安全」の制度として定着してきている。

 しかし、未だに同制度についての誤解も流布されているようである。このような誤解は、「医療の内」と「医療の外」の概念の理解不足や『医療事故』の定義の理解が不十分なことに尽きると思われる。

 このような中、2025年6月27日、「医療事故調査制度等の医療安全に係る検討会」が発足した。本検討会は、現在進行中なので、コメントは避けたいが、これを期に、誤った広報により生じた誤解の解消が行われることを期待したい。

 今回、医療事故調査制度の目的と、『医療事故』の定義を再確認しながら、不適切な広報により生じている誤解について述べたいと思う。

1 医療事故調査制度の目的

 医療事故調査制度の目的については、厚労省Q&AのQ1に明確な回答がある。すなわち、医療事故調査制度の目的は、「医療の安全を確保するために、医療事故の再発防止を行うこと」である。

 わが国の医療事故調査制度は、WHOドラフトガイドラインの「学習を目的としたシステム」にあたり、懲罰を伴わないこと(非懲罰性)、患者・報告者・施設が特定されないこと(秘匿性)、報告システムが報告者や医療機関を処罰する権力を有するいずれの官庁からも独立していること(独立性)が求められていることが明記されている。

 この制度の目的について、これまで、「原因究明及び再発防止」との説明が、日本医療安全調査機構を中心に行われてきた。これは大きな誤解である。「究明」は「糾明」に通じ、原因究明は、医療安全ではなく、責任追及に直結してしまう。

 今般、「第2回医療事故調査制度等の医療安全に係る検討会」の厚労省資料で、「原因究明」の文字が削除され、「原因分析」と修正された。「原因分析及び再発防止を図り、これにより医療の安全と医療の質の向上を図る。」と法令に則った用語に変更された。

2 医療事故の定義

 本制度で用いている『医療事故』という用語は、一般的に用いられ、過誤概念を含む有害事象の意味ではない。本制度では、『医療事故』を、「当該病院等に勤務する医療従事者が提供した医療に起因し、又は起因すると疑われる死亡又は死産であって、(かつ)当該管理者が当該死亡又は死産を予期しなかったもの」と定義している。

 『医療事故』は、「医療に起因し、又は起因すると疑われる死亡または死産」であるか否か(「医療に起因する死亡」要件)と、「当該管理者が当該死亡又は死産を予期しなかったもの」か否か(「予期しなかった死亡」要件)という独立した2つの要件によって判断されるのである。『医療事故』の判断に当たっては、両要件該当性を並列に検討しなければならない。並列に該当性を検討し、この両要件に該当したものが本制度の『医療事故』である。この判断に際しては、「過誤があったか否かということは考慮しない(過誤の有無は問わない)」のである。

 医療法では、医療起因性の有無と予期の有無という両要件を通じて、4つのバリエーションを想定している。一方の観点に該当した場合には、もう一方の観点について検討することになる。この際、先に検討した観点とは独立した検討を行う必要がある。要するに、「医療起因性がある」と判断された案件については、「医療起因性」とは独立して、別途、「予期の有無」について検討する必要がある。同じように、先に「予期の有無」を検討した場合には、別途、独立して「医療起因性」の検討をしなければならないのである。

 『医療事故』の定義に関連して発生している誤解には、次のようなものがある。①「医療事故疑いは報告対象である」とする誤解である。『医療事故』は、前述のように、明確に定義されているのであって、疑い例は含まれていない。②「『医療事故』の報告件数が少ない。」との報道がいく度も繰り返される。試算値と実報告数の違いは、「医療に起因し、かつ(AND)、予期しなかった」と「医療に起因し、又は(OR)、予期しなかった」の違いであることは明白である。③「予期」と「予見」との混同は、医療安全と責任追及の区別ができていないとしか言いようがない。④「過誤の有無は問わない」とは、『医療事故』の判断は、過誤の有無とは全く関係なく、「医療に起因する死亡」要件と「予期しなかった死亡」要件の2つの要件のみによって判断するという意味である。「医療過誤」か否かと『医療事故』か否かは、全く個々別々に決められることであり、『医療事故』か否かの判断に際して、過誤の有無は判断項目にないということである。したがって、「医療過誤」であっても『医療事故』ではない事案が存在すると同時に、「医療過誤」ではないが『医療事故』に該当するという事例も存在し得るのである。「過誤の有無は問わない」の意味を、「過誤の有無に関係なく、死に関するものは報告対象」として、報告を促すのはとんでもない誤導である。⑤死因を予期していなかったから報告対象というのも誤解である。条文は「死亡又は死産を予期」と明記している。予期の対象は、「死因」ではなく、「死亡」である。

3 センター報告

 センター報告に関しても、 日本医療安全調査機構の研修は、①センター報告しないのは隠ぺいであるとか、②センター報告をしなければ裁判官の心証がわるくなるとか、そもそも「医療の内」と「医療の外」の概念の区別ができていないのではないかと疑われるような誤解がある。

4 事故調査報告書公表・公開、支援団体等連絡協議会での標準化

 支援団体等連絡協議会で標準化を行うとの誤解が一時厚労省にもあったが、厚労省が、標準化するとの条文はないことを理解し、修正を行ったことにより、一応解決済みと言えよう。

 事故調査報告書の公表・公開問題は、悪質であり、誤解とは言い難い。意図的な行為としか言いようがない。事故調査報告書の公表・公開問題は、制度の根幹を揺るがす重大問題である。この問題については、東京保険医協会が最も積極的に活動されている。ここに貴団体の活動に敬意を表し、本稿の結びとしたい。

(『東京保険医新聞』2025年10月5日号掲載)