[視点]気候変動対策としての再生可能エネルギー 国内での普及における課題

公開日 2025年10月21日

気候変動対策としての再生可能エネルギー 国内での普及における課題

                     

英国・ストラスクライド大学 安田 陽

再エネ普及の壁は蔓延する「フェイク」

 筆者は日本のメディアの方からインタビューを受けることも多く、「再エネ普及にあたっての課題はなんですか?」と質問されることがよくあります。

 私が「技術的課題はほとんどない、あるいはあと数年で解決可能なものばかりです」と回答すると、たいていの場合、質問者はたいそうガッカリした顔になります。技術的な課題とその解決法を期待しているからかもしれません。

 それを横目に私はさらに続け、「課題があるとしたら、制度や政策の方です。そしてもっと深刻なのは、日本にあまりにも多くフェイクニュースや非科学ナラティブ(わかりやすいけれど事実ではない言説)が多過ぎることで、それを払拭するのが喫緊の課題です」と回答しています。

 2025年1月に米国の大統領が交代してから、気候変動や再生可能エネルギーに関して地球規模の逆風が吹いています。新しい大統領の科学的方法論を軽視した予測不能な言動は、経済規模や軍事力が世界最大の国だけに世界に少なからず影響を与えています。特に、外交上・政策上、米国に盲従しがちな日本は、その影響を世界で一番受けているかもしれません。

 日本でも早速、気候変動を否定する政党が選挙で人気を拍したり、再生可能エネルギーに対するネガティブな情報がメディアやソーシャルメディア(SNS)に蔓延しています。

 このような、米国からの情報に偏重しがちで特定の技術に対するネガティブ情報だけやけに早く出回り、そして肝心の情報が国民に伝わらないバランスを欠いた日本の状態を、筆者は「ふんわり情報統制」と名付けています。少なくとも日本の外からはそう見えます。

2050年までに再エネ比率9割の見通し

 たとえば、日本の多くの国民に知らされていない情報として、「2050年までに電源構成に占める再エネの比率が9割になる」という見通しが複数の国際機関によって発表されている、という国際的によく知られた事実があります。

 普段からこのような国際専門情報に接していない人ほど、「そんな馬鹿な!」「荒唐無稽だ!」と真っ先に反論するかもしれませんが、これは決して最新の情報ではなく、既に2021年に国際エネルギー機関(IEA)から報告書が発表されており、世界中誰もがインターネットで無料で読むことができます。


 上図はIEAがコンピューターシミュレーションによって脱炭素を達成するための現時点での「最適解」として弾き出した電源構成に占める再エネの比率の推移曲線を示しています。参考までにユーラシア大陸を挟んだ東西の「狭い島国」、すなわち日本と英国の過去の推移と政策目標の曲線も同時に描いています。

 まず、の中央の点線はIEAによる世界平均の見通しですが、2050年に再エネが9割になるというだけでなく、2040年には(あと15年で)再エネを8割にすることが脱炭素を確実に達成するための最適解として発表されています。

 それに対して英国は、2030年(あと5年!)で再エネ8割という政策目標を掲げています。世界平均よりも数年前倒しで政策目標の曲線が設定されており、脱炭素・再エネの分野で技術的・経済的に優位な立場を狙うという野望が透けて見えます。これは何も英国特有ではなく、ドイツやデンマークなど欧州の複数の国で見られる傾向です。

 一方、日本の曲線は、2050年になっても5〜6割にしか達せず、世界平均から大きく劣後しています。今年(2025年)に公表された「第7次エネルギー基本計画」では2040年の目標値が掲げられましたが、低位予測では、2021年に策定された第6次よりも後退する可能性すらあります。

 しかし、日本国内では世界平均や他国の情報がほとんど伝えられないため、過去のわずかな伸びと比べ、将来は大きな伸びであるかのような「錯覚」ばかりが国内で大々的に流布されている状況です。日本は言論の自由がない強権国家ではないはずなのですが、忖度や日和見による「ふんわり情報統制」が国全体を分厚く覆っているようです。

 英国があと5年で再エネを8割にするという目標は、何も政治家が理想論を勝手に描いているわけではなく、電力システムの運用に関するプロ集団である英国のNESOという独立系統運用者が元々提案したものです。

 この機関は、日本では電力広域的運営推進機関や東京電力パワーグリッドに相当するものですが、独立かつ技術中立であることから、脱炭素を達成するために科学的にコンピューターシミュレーションを行うと、これが最適解になるという結論に至ります。

 日本の低い現状や目標からすると「あと5年で再エネ8割」は荒唐無稽なように感じますが、これは決して無茶な目標ではなく、過去10年の推移曲線を延長すれば十分に射程距離に入る水準であることがグラフからわかります。再エネは技術的課題が多い未熟なものではなく、技術が成熟し最も導入しやすい電源だというのが国際認識です。

「再エネは不安定」は過去の言説

 日本では「再エネが入ると停電になる」「再エネは不安定だから火力発電が必要」という言説が積極的に流布されていますが、それは20年以上前の古い言説です。少なくとも英国の電力システムのプロ集団は2030年に火力発電は5%でOKという科学的結論を現時点で出しています。

 では、火力発電がたった5%しかない電力システムで誰がどのように「不安定」と言われる再エネを調整するのでしょうか。その疑問に答えるには柔軟性という21世紀に新しく登場した電力システム工学の専門用語を使う必要があります。

 柔軟性は日本で使われている「調整力」の上位概念であり、「電力システムの変動性や不確実性に対応する能力」と定義されています。変動するのは何も再エネだけでなく、実は需要(消費)も気温や季節によって大きく変動し、電力システムはそれをずっと管理してきました。

 これまではその調整能力は火力に頼ってきましたが、水力、揚水、バイオマスといった再エネでもそのような能力を提供可能です。近年はインテリジェントな制御により風力や太陽光発電さえも自ら調整でき、その能力を市場で売り買いできる制度が欧州や北米では整備されています。最近はやりの蓄電池だけでなく、単純にお湯を貯めたり、電力の消費を柔軟にコントロールしたりと、コストの安い方法が複数あります。

 日本はそのようなローテク技術に目もくれず、「柔軟性」という国際共通の新しい用語が巧妙に隠蔽され、「これしかない」と視野狭窄に陥り、コストの高い夢のような技術にばかり補助金が投入されているバランスの悪い状況です。

 日本が過去20年間ずっと「できないできない」「無理だ無理だ」と言い続けている間に、世界の多くの国、特に欧州や米国の一部の州では「いや、できる」「できるようにする」と言って、先に進んでいます。米国もあと3年すれば現在のドタバタ劇が収束し、元に戻るかもしれません。その時にきちんと国際動向の情報収集をしておかないと、日本だけがハシゴを外され、国際競争から脱落していくことになりかねません。

 日本において再エネをもっともっと普及し脱炭素を加速させるにあたっての課題は、決して再エネの技術的未成熟性ではなく、人々のマインドセットであり、適切な国際情報収集、科学的な思考、そしてフェイクニュースに打ち勝つ力が今の日本に欠けていることにあります。

 この現状が日本全体で深刻であるということを自覚し、偏狭な自国礼賛や日本特殊論を振りかざすことなく、謙虚に地道に世界の先行事例を学び、科学的方法論を尊重することこそが、その解決策となります。

(『東京保険医新聞』2025年10月15日号掲載)