[視点]障害者が安心して65歳を迎えられる社会を ~天海訴訟最高裁判決を受けて~

公開日 2025年10月27日

障害者が安心して65歳を迎えられる社会を ~天海訴訟最高裁判決を受けて~

                     

天海訴訟弁護団 弁護士 坂本 千花

1 天海訴訟の経緯

 千葉市に住む天海正克さんは、障害者総合支援法の居宅介護サービスを利用して生活していた。天海さんは非課税世帯であるため、居宅介護サービスは無償であった。ところが、65歳以降は介護保険を利用できるため、介護保険法の訪問介護サービスを利用できる量については、介護保険を利用するよう要請された。

 しかし、介護保険を利用した場合、非課税世帯であっても月1万5000円の自己負担が生じることになり、また、介護保険ではヘルパーに頼めないこともあるため、天海さんは、介護保険の申請をせずに、引き続き居宅介護の支給申請をした。

 しかし、千葉市から却下処分(本件処分)を受け、それまで利用していたサービスを全て打ち切られた。

 千葉市が天海さんの申請を全て却下した理由は、65歳になった障害者は介護保険を利用できるため、介護保険で利用できる訪問介護の量を算定しない限り、総合支援法の居宅介護の支給量を算定できず、申請は却下するしかないということである。

 天海さんは、本件処分に対し取消訴訟を提訴したが、千葉地裁は、本件処分は適法だと判断した(2021年5月18日)。天海さんは、東京高裁へ控訴をしたところ、2023年3月24日、東京高裁は、本件処分を違法として取り消す判決を言い渡した(原審)。

 原審に対して、千葉市が上告受理申立をしたところ、2025年7月17日、「原判決中の上告人敗訴部分を破棄する。」「本件を高等裁判所に差し戻す。」との判決が言い渡された。

2 原審の概要

 東京高裁は、第一審判決を変更して、本件処分を違法とした。

 控訴審では、第一審で着目されていなかった「境界層措置」という福祉サービスの自己負担の軽減制度が問題となった。障害福祉制度における境界層措置を受けて無償で障害福祉サービスを利用していた課税世帯の障害者は、介護保険移行後も自己負担が0円まで軽減されることがある一方で、それよりも収入が少ない非課税世帯の障害者が介護保険に移行した場合、月1万5000円の自己負担が発生するという逆転現象のような制度になっている。東京高裁は、この制度上の不均衡に着目した。

 東京高裁は、千葉市がそのような不均衡を是正すべきだったとして、本件処分を違法と結論づけた。そして、介護保険が申請されない場合において、総合支援法で支給できる量を算定することの可否については、判断を避けた。

3 最高裁判所第一小法廷判決(2025年7月17日)

 2025年7月17日、最高裁は、本件処分と違法として取り消した原審を破棄し、本件を東京高等裁判所に差し戻した。

【最高裁判決の要点】
⑴千葉市が、境界層措置の関係で不均衡を避ける措置をとらなかったことを理由として本件処分が違法であるとした原審の判断は、是認できない。
⑵総合支援法7条は、介護保険の申請がされたか否かにかかわらず、介護給付のうち自立支援給付に相当するものを受けることができる場合には、その限度において介護保険が優先されることを明らかにしたものと解される。そこで、受けることができる介護給付のうち自立支援給付に相当するものの量を算定する必要があるにもかかわらず、その量を算定することができないことを理由としてされた本件処分は、その判断が、社会通念に照らし著しく妥当性を欠くものと認められる場合に、裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用したものとして違法となる。
⑶千葉市の「自立支援給付に相当するものの量を算定する必要がある」とした判断は、著しく妥当性を欠くものとは認められない。
⑷自立支援給付に相当するものの量を算定することができないとした判断の当否については、要介護認定を経ることなくその量を算定することができるというべき事情があるか否か等を考慮する必要がある。

 原審の判断には、これについて審理を尽くさなかった違法がある。

4 差戻審での審理

 差戻審では、要介護認定を受けない限り、総合支援法で支給できる量が算定できないとした千葉市の判断が、社会通念に照らし著しく妥当性を欠くかどうか、改めて審理されることになる。

 総合支援法7条に関わる行政裁量をいかに解釈するかの問題である。

 総合支援法7条は、「自立支援給付は…介護保険法の規定による介護給付…のうち自立支援給付に相当するものを受け、又は利用することができるときは…その限度において、行わない。」と規定している。

 文理解釈をすれば、行政は、介護保険法の規定による介護給付を受けられる限度を超えて、総合支援法の申請を却下することはできないということになろう。ところが、千葉市は、要介護認定を受けない限り、総合支援法で支給できる量は算定できないとして申請を全て却下している。

 この千葉市の判断の当否が、差戻審の審理の中心となる。

 要介護認定を受けない限り、総合支援法で支給できる量は算定できないと言い張ることは、福祉行政の姿として許容されるのだろうか。仮に、正確な量が算定できないとして、申請を却下してサービスを全て打ち切ることが、行政に与えられた裁量の範囲と言えるか、福祉行政の裁量の在り方が問われることになる。

(『東京保険医新聞』2025年10月25日号掲載)