[視点]『世代間対立』の言説と医療・社会保障の危機

公開日 2026年02月06日

『世代間対立』の言説と医療・社会保障の危機

                     

武蔵大学 教授 大内 裕和

 

「全世代型社会保障」に見られる世代間分断の論理

 2024年衆議院選挙と2025年の参議院選挙では、「若者・現役世代支援」政策が注目された。たとえば、2024年の衆議院選挙で大きく躍進した国民民主党(玉木雄一郎代表)は、「手取りを増やす」をキャッチフレーズに掲げた。また、2025年参議院選挙での参政党の公約では、政策1「“集めて配る”よりまず減税」で、「国民負担率を上限35%に抑え、減税と社会保険料削減で給料の3分の2は手取りで残す」と提案された。

 若者・現役世代支援が注目される中で私が気にかかるのは、高齢者支援を「手厚過ぎる」とやり玉に挙げて、若者・現役世代と高齢者世代の「分断」を煽るような政策論調の存在である。こうした世代間の「分断」を煽る問題の立て方は、近年の「全世代型社会保障」の議論によくあらわれている。厚生労働省は「全世代型社会保障改革」についてホームページで次のように説明している。
〈人生100年時代の到来を見据え、「自助・公助・共助」そして「絆」を軸に、お年寄りに加え、子供たち、子育て世代、さらには現役世代まで広く安心を支えていく全世代型社会保障の構築を目指します〉

 これだけ読むと「全世代」を支える社会保障の構築のように思えるが、実際には異なる。上記の説明の下には「少子化対策」と「医療」が2本柱で掲げられ、「少子化対策を大きく前に進めます」とある一方で、「医療」の項には「令和4年から団塊の世代が75歳以上の高齢者に」「現役世代の負担上昇抑制が課題です」とも書かれている。つまり「少子化対策」と「高齢者医療費の抑制」がセットで提案され、若者・現役世代と高齢者世代の分断を煽る論法がとられていることが分かる。

 すでに紹介した国民民主党や参政党の公約は、こうした若者・現役世代と高齢者の世代間対立に焦点を当てた「全世代型社会保障」の枠組みを採用しながら、「若者・現役世代の負担軽減」をより前面に打ち出したものとなっている。そして2024年衆議院選挙と2025年参議院選挙では、その政策が若者・現役世代に強く支持されることとなった。

背景としての若者・現役世代の貧困化

 若者・現役世代による参政党や国民民主党の支持には、彼らの厳しい生活実態がその背景にある。1990年代以降、非正規雇用労働者や「名ばかり正規」と呼ばれる周辺的正規労働者の増加によって、低賃金労働者は急速に増加した。若者・現役世代の貧困化は、未婚化・少子化を促進した。

 総務省統計局「国勢調査」によれば、たとえば男性35歳~39歳の未婚率は、1990年の19・1%から2020年の38・5%、女性35歳~39歳の未婚率は、1990年の7・5%から2020年の26・2%とそれぞれ急激に上昇している。そして2024年、日本の出生数は1899年の統計開始以来、初めて70万人の大台を下回った。未婚化・少子化にはさまざまな要因があるが、その一つが若者・現役世代の貧困化にあることは明らかだろう。 

世代間対立の言説が隠蔽する「貧富の格差」

 こうした貧困に苦しむ若者・現役世代の支持が、「現役世代の負担軽減」や「手取りを増やす」ことを公約に掲げた参政党や国民民主党に集まった。しかし、「手取りを増やす」ための減税や社会保険料の引き下げは、他の有力な財源が提供されない限りは、社会保障と医療の大幅カットをもたらすだろう。2025年10月、自民党と日本維新の会の連立政権が発足したが、日本維新の会は2025年7月の参院選挙で、「医療費を4兆円削減し、現役世代一人あたりの社会保険料を6万円軽減する」ことを公約に掲げている。

 医療や社会保障のカットは、多くの人々のいのちやくらしの基盤を破壊する危険性が高い。それは、高齢者ばかりでなく、若者・現役世代の将来にも大きな悪影響を与えることになる。

 若者・現役世代と高齢者世代の分断を煽る議論が、最も覆い隠しているのは、日本で急速に拡大している貧富の格差である。野村総合研究所の推計によれば、預貯金、株式、債券、投資信託、一時払い生命保険や年金保険など、世帯として保有する金融資産の合計額から不動産購入に伴う借入などの負債を差し引いた「純金融資産保有額」が5億円以上の「超富裕層」は2005~21年にかけて5・2万世帯→9・0万世帯、1億円以上5億円未満の「富裕層」は81・3万世帯→139・5万世帯へと増加している。

 若者の貧困が大きな社会問題となり、高齢者の貧困も深刻化している。その一方で、超富裕層や富裕層は増加を続けている。世代間の分断を煽る議論は、こうした貧富の格差を覆い隠す機能を果たしている。

 「格差と貧困」が深刻化する日本社会で強く求められるのは、若者・現役世代と高齢世代の分断を煽ることではなく、税と社会保障によって貧富の格差を是正する政策であると考える。

(『東京保険医新聞』2026年2月5日号掲載)