[視点]気候危機に逆行する「脱炭素」政策

公開日 2026年02月27日

気候危機に逆行する「脱炭素」政策

                     

気候ネットワーク東京事務所長 桃井 貴子

 

日本のGX政策はみせかけの「脱炭素」

 気候危機は、もはや環境分野にとどまる問題ではない。医療関係者の間では深刻な健康危機としてとらえている方も多いのではないだろうか。2024年の世界平均気温は産業革命前から1・55℃上昇し、観測史上最高を記録した。日本においても、猛暑による熱中症患者の急増、集中豪雨や台風による災害医療の逼迫、感染症や慢性疾患の悪化など、気候変動は医療現場に直接的な影響を及ぼしている。

 とりわけ都市部では、高温とヒートアイランド現象が重なり、高齢者や基礎疾患を持つ人の救急搬送が増加している。豪雨災害では、外傷や感染症だけでなく、避難生活の長期化に伴う循環器疾患や精神的ストレスの悪化も深刻な問題となる。さらに、日本周辺海域の海水温上昇は、食料供給や生態系への影響を通じて、将来的な健康リスクを一層高めると考えられる。

 気候危機への対応として、世界では脱炭素に向けたエネルギー転換が急速に進んでいる。とりわけ気候変動対策の一丁目一番地とも言われるのが、電力分野の脱炭素化で、特にCO2排出係数の高い石炭火力を全廃し、再生可能エネルギー(再エネ)へとシフトすることである。イギリスでは2024年に最後の石炭火力発電所が廃止され、ドイツ、カナダ、オーストラリアなどでも、石炭火力からの脱却と再エネの拡大が急速に進んでいる。

 一方、日本の気候変動・エネルギー政策では、政府は「カーボンニュートラル」を掲げながら、実際には原子力回帰や石炭・LNG火力の延命を前提としたエネルギー政策を進めてきた。その中核となるグリーントランスフォーメーション、いわゆるGX政策の柱とも言えるのが、水素・アンモニア混焼やCCS(二酸化炭素回収・貯留)といった技術である。

 水素やアンモニアは、燃焼時にCO2を排出しないことから「クリーン燃料」として喧伝されがちである。しかし現実には、その多くが石炭や天然ガスなどの化石燃料から製造されており、製造段階で大量のCO2が排出されている。そのため、石炭火力へのアンモニア混焼は排出削減効果が限定的、あるいは逆に排出量が増加する可能性すらある。CO2削減効果がないにもかかわらず、削減効果があるかのように見せかけ、再エネ以上に高価な「対策」に様々な支援策を講じ、石炭火力の稼働を将来にわたって固定化しているのである。

 では石炭ではなく、原発なら気候変動対策になるかというとそうではない。原発は日本のような地震大国では過酷事故のリスクが大きく、バックアップとして同じ規模の火力が必要になり、結局火力からの脱却ができない両輪の構造にある。原発・石炭のような大規模電源ではなく、再エネのような地域分散型電源で柔軟な電力システムへと転換する必要があるのだ。

容量市場・長期脱炭素電源オークションの問題点

 しかし、石炭火力や原発の支援策として最大の元凶とも言える制度がつくられた。「容量市場」と「長期脱炭素電源オークション」である。

 電力の市場として2020年度から導入された容量市場は、4年後の供給力確保を目的に、発電設備自体に対して報酬を支払う制度である。発電量に関係なく発電能力(kW)に対して対価が支払われるため、既存の原子力発電所や石炭・LNG火力発電所に多額の資金が流れ、これらを維持する強いインセンティブとなる。非効率な老朽火力であっても対象となり得るため、本来であれば段階的に廃止すべき大量のCO2を排出する石炭火力が、公的制度によって延命されているのだ。

 さらに深刻なのは、費用が電力小売事業者の負担とされており、最終的に電気料金として消費者に転嫁されている点である。容量市場のコストは2024年度から電気料金に上乗せされており、制度が続く限り私たちの負担は増え続ける。

 また、2023年度に始まった長期脱炭素電源オークションも、「新たな脱炭素電源の開発促進」と説明されているが、その実態は大きく異なる。これまでの落札結果を見ると、既設の原子力発電所、既存石炭火力のアンモニア混焼・CCS付き改修、LNG火力の新設が大半を占めている。太陽光や風力などの分散型電源となる再エネは、制度設計上、事実上排除されてきた。

 この制度では、落札事業者に対して原則20年間の容量収入が保証され、アンモニアなどの燃料費や為替変動を理由とした価格補正も行われるため、事業者側のリスクは極めて小さい。一方、その費用は将来にわたり電気料金として国民が負担することになる。結果として、再エネへの投資を促すどころか、高コストで高リスクな原子力や化石燃料火力への依存を長期に固定化する制度となっている。

 本来、気候政策・脱炭素政策とは、再エネと省エネ投資を優先し、気候変動と大気汚染を同時に減らす方向に進むべきものである。しかし、日本の容量市場や長期脱炭素電源オークションをはじめ、現在行われているほとんどの「脱炭素政策」がその流れに逆行し、化石燃料と原子力を「脱炭素」の名の下で温存する役割を果たしていると言って過言ではない。

 国際的には、気候変動対策は国家の法的義務として明確化されつつある。2025年7月、国際司法裁判所(ICJ)は、気候変動を「差し迫った実存的脅威」と位置づけ、国家には温室効果ガス排出から人々の生命と健康を守る義務があるとの勧告的意見を示した。平均気温上昇を1・5℃未満に抑えるという目標は、単なる政治的合意ではなく、人権と健康を守るための国際的基準として重みを増しており、日本の対策は極めて違法性が高い。

(『東京保険医新聞』2026年2月25日号掲載)