[視点]今から始める未来の減災

公開日 2026年03月16日

今から始める未来の減災

                   

東京慈恵会医科大学付属病院 中央検査部長・臨床検査医学講座 教授 越智 小枝

 

3・11とコロナ禍 軽視された間接被害

 東日本大震災の当日、私は東京下町にある都立墨東病院で勤務中だった。一番印象的だったのは災害直後からの救急外来の沈黙だ。普段は救急車が何台も連なる救命救急外来は、夜になっても異様な静けさに包まれていた。

 その理由が分かったのは、帰路についた時だった。夜の国道は車道も歩道も帰宅者が溢れ、救急車どころか人1人通る隙間すらなかったのだ。あの日、都心で急変された方々は果たして助かったのだろうか―それが今でも気にかかっている。

 翌朝には、店頭からパンや保存食が消えた。

 「高齢でガスを止められているので、食べるものがないんです」

 震災3日後に外来受診された老夫婦が訴えたが、医師としてできることはなかった。同様の買い占めがコロナ禍で起きた時、この老夫婦のような苦労をされた方は少なからずいただろう。しかし買い占めが引き起こし得る二次被害の深刻さにつき、当時も今も振り返る声はあまりに少ない。

 大災害の健康被害は、直接被害に留まらない。避難生活1つ取っても、誤嚥性肺炎や褥瘡、深部静脈血栓症、生活習慣病の増悪や妊娠合併症など、間接被害は多岐かつ長期に及ぶ。原子力災害の起きた福島県浜通りでは風評被害や医療崩壊、外部作業員の大量流入などの要素も加わり、さらに複雑かつ大規模な健康被害が起きていた。私を含め福島県内で活動した医師の多くは、「見えない」放射線よりも「既に見えている」間接被害が深刻であることにつき、繰り返し訴えてきた。しかしその結果返ってきたのは、「あいつらは放射線被害を隠蔽する御用学者だ」というバッシングだ。当時の福島では「研究者は週刊誌で叩かれて1人前」という冗談が飛ぶ状態であった。

 人々が「原子力」しか見ていなかった弊害は、10年足らず後に起きたコロナ禍で明らかとなった。コロナ禍で起きたステイホームの健康影響は長期避難の影響に類似し、PCR検査やワクチン導入時に起きた社会の分断や差別は甲状腺検査と酷似したにもかかわらず、福島での学びを同じ「見えないハザード」災害であるコロナ禍に応用しようとする人は、ほぼ皆無だったのだ。

 「日本人はその歴史の中で災害から学んできた」という説を耳にする。しかし果たしてそれは本当だろうか。少なくともその学びは本来学べる内容に比べ、遥かに少ないのではないか、というのが、15年を振り返った私の感想である。

 災害時の健康被害とは、1つのハザードから派生した種々の環境変化が、間接的に健康影響を及ぼす一連の現象である(図)。その間接被害は、長期になるほど災害種別に限らず共通してくる。そういう意味で、過去の間接被害に学び、今の災害に応用することは、災害時に人命を救うための最優先事項の1つと言えるだろう。

 

「リスクのわからなさ」と向き合うために

 しかし有事の最中には、上述の通り、間接被害の議論は受け入れられないことも多い。放射能やウイルスといった「分かりやすい敵」を望む人の前で、「ハザードを避けるリスク」や「リスクの分からなさ」を唱えることは、その方々から心の安寧を奪うことにもなるためだ。

 「分からない」という恐怖に耐えられない人々は、「これさえ避ければ安全」という強弁に追従しがちである。これはまさにエーリヒ・フロムの「自由からの逃走」の心理だ。実際に福島でもコロナ禍でも、「リスクはトレードオフを考え、価値観に基づいて自身で取捨選択しましょう」という発信をした際に、「リスクを個々人に決めさせるのは、専門家として無責任」「1人の行動で全員が危険に晒されるのだから、全員が同じ方向に向かなければ」という批判をしばしば受けた。平時にこのような発言を聞けば、「パターナリズム」「全体主義的思想」と感じる方も多いのではないだろうか。しかし災害時の不安は、我々からこの健全な感覚を奪ってしまう。

 もちろん自身の不安を軽減させるために断言や強弁に追従することを否定すべきではない。しかし目に見えない1つのハザードのみに議論が終始し、多くの「そこに見えている」健康被害が見過ごされてしまうことは、忘れてはならないだろう。それこそが放射線災害とコロナ禍の両方で起きたことだからだ。

 平時に我々は、甘いものを食べる、酒を飲む、バンジージャンプをする、などの行為により、健康リスクを選んで生きている。また車に乗る、SNSを使う、プラスチック製品を消費する、などの行為により、無意識に他害リスクもまた選んでいるのである。我々はその事実を平時にこそ意識し、また人にも伝えていく必要があるのではないだろうか。そうして初めて、有事にもリスクの不可知性、不可視性、対応不可能性に正面から向き合う力が涵養されるのでは、というのが私の考えだ。

 我々は未来の災害を止めることはできない。しかし、その間接被害をより限定的にする努力はできる。災害がのど元を過ぎている今だからこそ、15年前、そして5年前を振り返り、今ここから未来の減災を始めるべきなのでは、と感じている。

(『東京保険医新聞』2026年3月15日号掲載)