[視点]個人情報保護法改正がもたらす患者情報保護の形骸化

公開日 2026年07月21日

個人情報保護法改正がもたらす患者情報保護の形骸化

                      
弁護士・日弁連情報問題対策委員会委員 森田 明

個人情報保護法改正案の概要とその背景

 個人情報保護法の改正案が現在参議院で審議されています。

 改正案の内容は、大きな項目としては次の4点です。

⑴ サービス利用抑制の広がり
⑵ 大きく揺らぐ介護サービス基盤

⑶ 不適正利用等防止
⑷ 規律順守の実効性確保のための規律

 このうち、⑵、⑶、⑷の改正内容は、いろいろ問題はあるものの、基本的には個人情報保護を進める方向性で議論されてきたことです。

 しかし、⑴は、「データ利活用の推進」とあるように、個人情報保護を後退させる方向での改正です。しかも個人情報取扱いにおける同意原則を大きく緩和するという重大な内容です。そしてこれは医療情報を主眼にしたものです。

 背景には、規制改革実施計画(2025年6月13日閣議決定)において、「医療等データの包括的かつ横断的な利活用法制等の整備」という項目の中で、個人情報保護法における「①統計作成等、特定の個人との対応関係が排斥された一般的・汎用的な分析結果の獲得と利用のみを目的とした取扱いを実施する場合の本人同意の在り方、②公衆衛生の向上等のために個人情報を取り扱う場合における同意取得困難性要件の在り方、③病院等による学術研究目的での個人情報の取扱いに関する規律の在り方を含む、本人からの同意取得規制の在り方と必要なガバナンスの在り方」について検討し、速やかに同法の改正法案を国会に提出することを求めていることがあります。ここに挙げられた①から③が、まさに今般の改正の「データ利活用の推進」の内容となっています。

「データ利活用推進」の内容

 改正の内容をもう少し詳しく紹介します。

① 統計情報等作成のための例外の新設など

 統計情報等の作成のため(AI開発等を含む)の個人データの第三者提供及び公開されている要配慮個人情報の取得について、原則本人同意が必要とされていることを変更して、本人同意を不要としています。統計情報等の範囲については個人情報保護委員会規則で定めるとしており範囲が不明ですが、上記閣議決定の趣旨から、医療データの利用が含まれることは明らかです。

 また、目的外利用、要配慮個人情報取得及び第三者提供の規制について、「取得の状況から見て、本人の意思に反しないため本人の権利利益を害しないことが明らかな取扱い」については本人同意を不要とする、という規定を設けようとしていることも、本人の意思を無視して、第三者が客観的・一方的に例外的取扱いを認めるもので問題です。

② 公衆衛生例外の適用の拡大

 現行法では、目的外利用、要配慮個人情報取得及び第三者提供の規制について、本人同意を不要とする場合として「生命等の保護又は公衆衛生の向上等」といった特別な事情に加えて「本人の同意を得ることが困難」であることが必要としています。「公衆衛生の向上等」は公衆衛生例外と言われ、主に医療情報について適用されてきたものです。

 改正案では、「本人の同意を得ることが困難であるとき」を「本人の同意を得ることが困難であるときその他本人の同意を得ないことについて相当の理由があるとき」としています。これは要するに、「相当の理由」さえあれば本人同意は不要という考え方であり、これも同意原則を大きく揺るがすものです。

③ 学術研究例外の拡大

 大学その他の学術研究を目的とする機関が学術研究目的で個人情報を取り扱う場合には同意を不要とする規定があります(いわゆる学術研究例外)。

 改正案では「病院その他医療の提供を目的とする機関又は団体」も学術研究機関とみなす規定を設けようとしています。つまり、診療所や中小規模の病院も学術研究機関に当たることになるのです。その意図は、医療情報の大規模な利活用を進めるために、診療所や中小規模の病院からももれなく患者の医療情報を集めるためです。

医療分野の情報の利活用の推進

 2025年9月から内閣府所管で「医療等情報の利活用の推進に関する検討会」が設けられ、大規模な医療等情報の利活用のシステム構築に向けての議論が進められており、2027年の法制化が予定されています。

 これらは、診療行為の充実(一次利用)と医薬品等の開発や医療政策の充実(二次利用)の両面にわたる医療の向上のためとされていますが、検討会では、「入口規制の撤廃」などとして、患者の同意抜きの利活用を進めようとしており、今般の個人情報保護法改正と軌を一にしています。また、2025年12月には、医療法改正により、2030年を目指して電子カルテの全面的な導入と標準化が明記されました。

 こうした一連の動きは、患者の情報を医療現場から収集し、集約してビッグデータとして利活用しようとするものです。これはよりよい医療のために必要・有益なことであり、患者のためにもなるというのですが、本当にそうなるかは疑問です。

 同意要件の緩和によって、医療機関は患者の情報の提供を求められると拒むことが困難になります。患者にとって重要な医療情報を無断で提供することは、患者との信頼関係の維持を困難にし、トラブルの元になります。矢面に立たされるのは第一線の医師・医療機関です。一方的な利活用の推進は、患者からも医療機関からも理解が得られず、こうした進め方では本当に必要な利活用が困難になりかねません。

 医療情報利活用の名目で、患者の人権を脅かし医療現場の混乱を招く一連の法改正に対し、それぞれの立場から異議を唱えていく必要があります。

(『東京保険医新聞』2026年7月15日号掲載)