保険医の生活と権利を守る東京保険医協会

[視点]医師数抑制政策の下でゆがめられた医師の働き方改革 ~求められる医療アクセス・医療安全・医師の人権を守るための医療体制~

公開日 2026年09月09日

医師数抑制政策の下でゆがめられた医師の働き方改革
~求められる医療アクセス・医療安全・医師の人権を守るための医療体制~

                      

全国医師ユニオン代表 植山 直人

1 はじめに

 医師の長時間労働における過労死は90年代より数多く見られるようになり、社会的な問題となったが、その後も深刻な医師不足のもとで、多くの医師が人権を侵害する過重労働を強いられ、少なくない医師が過労死したり、精神的または肉体的な疾患を患っている。

2 安全確保のための労働時間規制

 医師聖職論の有害な点は医師の人権侵害にとどまらず、安全に医療を受ける患者の権利を担保できないことである。現代の医療は高度な医学知識と技術の上に成り立ったものであり、国民の求める医療水準に対して、安全性や結果責任が厳しく問われるものとなっている。当然、良い結果や安全性を守るためには適切な診療環境や労働条件が確保される必要がある。

 全国医師ユニオンが日経メディカル等と行った勤務医労働実態調査2022では、医療安全の問題に関して「医師の長時間労働は医療過誤の原因に関係していると思いますか」の問いに、大いに関係しているが37・4%、ある程度関係しているが45・9%と8割以上の医師が長時間労働は医療過誤の原因に関係していると回答している。また、日本外科学会の調査によれば、「医療事故・インシデント(ヒヤリ・ハット)」について、何が原因と考えるかを問うたところ、「過労・多忙」が81・3%と断然トップであった。

 日本でも安全確保の点からトラックやバス運転手などの1日の拘束は休憩や手待ち時間も含めて13時間以内(上限15時間、14時間超は週2回までが目安など)と労働基準局が定めている。もしこれを超えて事故を起こした場合は過労運転(「過労運転等の禁止」道路交通法第66条)として、ドライバーは3年以下の懲役または50万円以下の罰金が課せられる可能性がある。さらに「高速乗合バスの交代運転者の配置基準」においてはワンマン運行の上限として昼間において9時間または500kmまでとされており、これを超える運転には交代勤務が義務付けられている。しかし、医師に関しては28時間の連続労働を認めており、厚労省は医療安全に関する法的対策を怠っている。 

3 医師の働き方改革の問題点

 国は働き方改革を2019年より開始したが、医師に関しては地域医療への配慮などから5年間猶予するとし、その間に厚労省で議論を行うことになった。しかし、ここでの議論によって厚労省は医師のみに憲法違反が疑われる年1860時間の時間外労働を認める例外を作るなど、医療安全を放棄し医師の人権を侵害する政策を打ち出した。さらに実態を反映しない恣意的な労働時間管理の合法化を図った。医師不足を放置したまま医師の働き方改革を進めることは不可能なため、労働時間のごまかしに逃げたと言える。

⑴ 宿日直許可の乱発

 医師の長時間労働の最も大きな要因は夜間の時間外労働(いわゆる当直)である。しかし、ほとんど労働がない場合は労基署長から宿日直許可をもらえば、宿日直時間は労働時間に含めなくてよく、賃金も通常賃金の3分の1以上でよいとされている。しかし、医師・看護師に関しては厚労省から「医師、看護師等の宿日直許可基準について」(令和元年7月1日 基発0701第8号)が発出され、医師は一定の診療業務を行うことが認められた。

 ここで、過去の司法判断をみておくこととする。「大星ビル管理事件」は、ビル管理会社の従業員が従事する泊り勤務の間に設定されている仮眠時間が労働時間に当たるとされた事例である。つまり、厚労省は最高裁の司法判断に反する通達を出している。しかも、令和5年(2023年)時点で夜間の救急医療を担う2次・3次救急病院も含む5173病院にまで宿日直許可を乱発している。

⑵ 自己研鑽の悪用

 若手医師の労働を「自己研鑽」とすることによって労働時間をごまかす不適切な時間管理が行われている。厚労省は「研鑽」が労働時間に該当するかどうかという点について、管理者が恣意的に判断できることが可能な見解を示している。そもそも研修医や専攻医が行う学習は標準的な診断・治療を学ぶものであり、学問などをみがき深める「研鑽」とは全く異なる。病院は患者に対する責任を果たすために、患者の担当医に診断・治療に必要な医学知識などを身に着けることを命じる義務がある。従って研修医や専攻医の「診療ガイドラインについての勉強」等は明らかに労働である。

4 医療費抑制政策と医師不足

 日本は世界トップの高齢社会であり、医療需要が最も高い国の一つである。にもかかわらず日本の人口当たりの医師数はOECD諸国で最低レベルであり、このことが医師に過重労働を強いている。

 厚労省は絶対的な医師不足を医師の偏在に過ぎないと主張しているが、東京をはじめとする都市部や研究機関での医師不足による過重労働は深刻で、400以上認定されているB水準病院(年1860時間の時間外労働が認められている病院)のほとんどは東京などの大都市や都道府県の県庁所在地にあり、医療過疎地等の偏在問題とはほとんど関係していない。

 また、現在、厚労省は世論操作として人口減少を理由に医師を減らす必要があるとしている。しかし、1980年から2020年までの40年間に人口は1・06倍しか増えていないのに対し、医師は2・17倍増えているにもかかわらず医師不足は深刻である。必要医師数は、医学・医療の発展に伴う医療需要の増加によって決まるものであり、人口と必要医師数の関連性はほとんどない。

 財務省は医療費抑制の手段として医師数抑制政策を続けている。しかし、米国は先進国の中で日本に次ぎ医師の少ない国であるが、GDPに対する医療費は飛びぬけて世界1位であり17~18%を占めている。ちなみに日本は8~9%と約半分であり財務省が考える医師数と医療費との関係は破綻している。米国の医師が少ない原因は、国民皆保険制度がないこと及びこのことにより平均寿命が短く(2023年78・4歳:世界50位)後期高齢者が少ないことによると考えられる。

 医師数抑制政策と国民皆保険制度は両立しえない。医療アクセスと医療安全、そして医師の人権を守るための医療体制の構築が求められている。

(『東京保険医新聞』2026年9月5日号掲載)