保険医の生活と権利を守る東京保険医協会

[視点]日本の避難所環境を改善するために -本質的な社会課題を考える-

公開日 2026年10月22日

日本の避難所環境を改善するために
-本質的な社会課題を考える-

                      
国際医療福祉大学大学院 保健医療学専攻 災害医療分野 教授/
国際医療福祉大学大学院 災害保健医療研究センター 副センター長
石井 美恵子

はじめに

 避難所環境の改善を行う目的は、災害関連死の予防ということに主眼が置かれてきた。しかし、災害関連死は公衆衛生上の重大な課題により生じた健康被害の氷山の一角であり、日本の避難所問題は複雑な緊急事態(Complex Emergencies)⑴であると認識を改める必要がある。日本の避難所環境を改善するための本質的な課題と対応策について検討する。

1 複雑な緊急事態という認識とスフィア基準の重要性

 複雑な緊急事態とは、内部紛争と大規模な人々の避難、大飢饉または食料不足、脆弱または失敗した経済的、政治的、社会的制度、自然災害などに影響されてもたらされる事態と定義される。日本の避難所環境の改善には、失敗した経済的、政治的、社会的制度の抜本的改善が必要である。

 人道憲章と人道対応に関する最低基準を定めたスフィア・ハンドブックには、災害や紛争の被災者には尊厳ある生活を営む権利があり、援助を受ける権利がある、災害や紛争による苦痛を軽減するために実行可能なあらゆる手段が尽くされるべきであるとして、尊厳のある生活への権利、人道援助を受ける権利、保護と安全への権利が示されている。

 内閣府防災担当は、指定避難所について、避難した住民等を災害の危険性がなくなるまで必要な期間滞在させ、又は災害により家に戻れなくなった住民等を一時的に滞在させることを目的とした施設と定義している。しかし、スフィア・ハンドブックの避難所および避難先の居住地に関する基本的概念では、すべての人びとは適切な居住への権利を有し避難所と避難先の居住地における支援は安全な生活環境の提供を目的とするとなっている。

2 なぜ、日本の避難所・避難生活は変わらないのか

 イタリアでは1992年に災害防護国民サービス設置法が成立し、市民保護局の設置や避難所の設営・運営に関する標準化が推進された。48時間以内に家族単位でプライバシーが保たれるテントが設営され、水洗トイレ・シャワー・手洗いが設備されたトイレーカーの設置、食中毒やアレルギーにも配慮したキッチンカー、冷蔵庫・冷凍庫、洗濯乾燥機などが配備されスフィア基準に基づいた対応がなされる(図1)。さらに、被災地の行政職員も被災者であり援助を受ける権利があるとして避難所の設営・運営には関与することはない。

 イタリアのシステムの優れた点は支援にあたる人と物資を迅速にコーディネーションできる点にある。企業等に勤務する専門職やボランティア団体に所属する人々など100時間程度の教育・訓練を受け、国に登録された被災地外の人々が避難所の設営・運営に携わるシステムが整備されている。物資に関しては国の予算で備蓄し、国内どこでも使用することが可能となっている。また、避難所を標準化し、必要な物資を250人分のパッケージとして備蓄しているため漏れなく迅速に搬出することができる。

 日本では都道府県や基礎自治体の予算で備蓄するため、他の被災自治体への支援が不十分となりがちである。また飲用水、毛布というように単品で備蓄しているため避難生活に必要な物資が網羅的かつ迅速に届かない。被災者支援の本質は人道支援であり、人命救助、苦痛の軽減、人間の尊厳の維持及び保護のための支援と定義され、人間の安全保障の確保のための具体的な取り組みの一つである。人間の安全保障として総務省・消防庁があり、各地域には消防署がある。イタリアの市民保護局は日本の消防庁に類似し、年間予算は4000億円程度で日本の人口比で試算すると6000億円程度で実現可能となる。

 イタリアの災害対策・対応の専門家らからは、哲学のない災害対応はうまくいかないと指摘される。多くのイタリア人はWell-being の語源とされるベネッセレということを大切にしている。さらには、情緒的ではなく合理的な判断に基づき、被災者(避難者)を幸せにすることを目指して避難所の設営・運営にあたる。被災による心身のストレスに晒された人々に、快適な生活環境や温かい食べ物を提供して回復を促進しようとする試みである。さらに被災者の回復促進は、地域の復旧・復興の促進にも繋がり、結果的にコストも抑えられると判断されている。日本では災害時だから仕方がないとして被災者に我慢を強いる傾向があり、避難所や避難生活での健康被害や病人を増加させている。

 森島⑴は、欧米人の人権意識は君主に勝る存在(神)を根拠にした人民の権利として、非人間的行為を強いる暴君に対しては抵抗する抵抗権に支えられ確立してきたが、日本の人権は抵抗権を骨抜きにした一君万民の平等思想であると指摘している。

 国際人権⑵では、生まれてきた人間すべてに対して、その能力を発揮できるように政府はそれを助ける義務がある、その助けを要求する権利が人権であるとされる。政府には尊重義務、保護義務、充足義務があると定義される。しかし、日本の人権教育は自分の人権を守り、他の人の人権を守ろうとする意識・意欲・態度であるとして、優しさや思いやりをはぐくむことを目的とした優しさや・思いやりアプローチが強調されている。これでは災害対応も自助・共助・ボランティア頼みとなり被災者の権利としての公助への要求に繋がらないものと推測される。

 避難所・避難生活環境の抜本改善を実現するためには、自助・共助・ボランティア頼みだけではなく、政府の義務である公助を求め、抵抗権ともいえるような声を上げていくことが必要である。

おわりに

 2026年11月2日に防災庁が設置される。防災庁設置準備アドバイザー会議副主査を拝命し、迅速な被災者支援の実現、スフィア基準を踏まえた避難生活環境の抜本的改善、避難所運営に係る訓練の実施・標準化が優先される取り組み事項であると報告書に明記されるよう尽力した。

 しかし、防災庁設置法案では、災害対策基本法の基本理念に被災者を援護する際、すべての被災者がその被災地にかかわらず、できる限り、良好な生活環境をあまねく享受できるようにすることが追加されたが、実現するための具体策は示されていない。また、国の責務、都道府県の責務、市町村の責務が見直されることはなく、災害対策基本法の実施主体は被災市町村のままとなっている。さらに、令和8年熊本地震でも課題となったが、指定避難所への非常用電源設備と空調設備の設置(図2)も急務である。

 防災庁の設置で安心することなく、避難所・避難生活環境の抜本改善に向け多くの国民が関心を持ち、政治を監視し、声を上げ続けることが必要である。

〈引用文献〉
⑴ 森島豊(2020)抵抗権と人権の思想史 欧米型と天皇型の攻防、教文館
⑵ 藤田早苗(2022)武器としての国際人権 日本の貧困・報道・差別、集英社

(『東京保険医新聞』2026年10月15日号掲載)