新専門医制度シンポジウム――専門医制度は必要なのか

公開日 2016年10月25日

在り方検討会-図

 協会勤務医委員会は10月1日、専門医制度シンポジウムを開催。 会員ら76人が参加した。3人のシンポジストを交えて、活発な意見交換が行われ、 「何のために作られたのか」「現行制度で不都合はない」など、 新制度の問題点が改めて鮮明となった。
また、医学生からは「新制度で、自分が描く医師像が実現できるのか」という不安の声も上がった。

・シンポジストの発言

新制度の眼目は「総合診療医」いまの専門医で不都合はない―有賀 徹 先生
有賀徹先生

 「いまの認定制度で、質の悪い救急医が出たか、不都合があったか。どちらもなかった」
 労働者健康安全機構理事長(前昭和大学病院長)で、脳神経外科出身の有賀先生は、救急現場で共に活動した外科医たちに学び、救急科と脳神経外科の専門医を取得した経験を踏まえ語った。
 救急科専門医のうち36%が外科専門医など他科とのダブルボードだ。救急科専門医は、経歴・実績の評価と筆記試験をクリアすればよく、必要に応じて複数の専門医資格を取得することも可能だった。しかし、新制度は教育プロセスを重視し、3年以上の研修が必要となる。同先生はこれまでの学会認定の専門医制度と新専門医制度を比較し、「このまま新制度に移行すれば、ダブルボードを取ることも難しくなる」と指摘した。
 1万人は必要とされる救急専門医は4,000人しかいない。どうするか。これについては「限られた医療資源の集中と分散」を強調し、「特定看護師」など、身分法の改正にも触れながら、「患者の『人としての尊厳』を主軸におくならば、専門、資格などの垣根を越えた多診療科・多職種が協働する『相互乗り入れ型』のチーム医療が求められている」と持論を展開した。
 さらに、個人的な感想として、新制度の眼目は、地域で多診療科・多職種と共同する「総合診療専門医の導入だったのではないか」と指摘。「そのプロセスのなかで、他の専門医が巻き込まれ、新設の総合診療科を含め、臨床系の専門医として上げられた19の基本領域に、外科と脳神経外科が横並びになるなどという、誰も考えていなかったことが起きた」と述べ、新制度の制度設計は十分な時間と論議が必要だと結んだ。

新専門医制度の“光”と“影”誰のために作られたのか―斎藤 ​文洋 先生
斎藤文洋先生

 「誰のための制度か」と問題提起したのは、大泉生協病院(練馬区)院長の斎藤先生。新制度の“光”の部分として、まっとうな専門医制度ができるのなら、一定以上の均質の医療が受けられるので、市民は医師選びに困らない。安全・安心の医療が受けられるかもしれない、一方、“影”の部分として専門医養成数の少ないことを指摘した。
 新制度に準じて作られた研修施設が一カ所しかない県が21もある。これらの県で小児科の専門医が育つのは毎年8~9人だ。
 「新制度は地域のためか―偏在をなくすといっているが、どう見ても足りない」「医師のためか―研修して、質の高い専門家になるとしたら、これは医師のためになる。一方、少ない人数で大勢を見なくてはならず、医師の負担が大きくなる」「学界のためか―学会の権威が上がるため、学会のためかもしれない」と述べ、さらに、練馬区の区民アンケートから、区民は専門医ではなく、かかりつけ医を求めていることを紹介。それでは誰のための、何のための新制度なのか。
 同先生は、専門医機構のホームページに新制度設立の理由や目的の記載がないことを指摘、「機構のホームページには『専門医制度を通して、国民に信頼される良質な医療を提供するための諸施策を検討する』とある。これは専門医を作ったのちに、国民のための施策を考えるということだ。そうすると、専門医制度は国民のために作られたのではないことになる」と、逆立ちした新専門医制度のあり方に異議を唱えた。

柔軟で多様なキャリアプランを―日米の「専門医」制度を対比―杉原 正子 先生
杉原正子先生

 当日の進行も務めた国立病院機構久里浜医療センターの精神科医、杉原先生は、教育・評価・キャリアプランの柔軟性について、米国と比較して説明した。
 杉原先生は「4年間のメディカルスクール卒業後、内科レジデント3年、そして循環器内科フェローを3年で終了すれば、フェローを修了しない場合と比べ収入に1.5倍の差がある」と、専門医資格の獲得に経済的インセンティブが米国では強く働いていることを強調した。
 教育現場では、レジデントの弱点を早期に発見し、介入することで、「最短で及第」させることを目標に、実力のある医師は最短距離で資格が取れるように、一人ひとりに配慮したシステムになっているという。
 人材評価は、同僚・上級医師・指導医・看護師・医療スタッフ・患者による評価が行われると述べ、患者の視点などがない日本の新専門医制度を対比させた。
 キャリアプランも柔軟で、内科・小児科レジデンス4年で専門医資格を取得できることなどを説明。「近隣の科や海外での経験がある、2つの専門医を同時に取りたい、進路を変更したい医師などは、実力があれば最短期間で資格を取れる仕組みが望ましい」と述べ、柔軟で合理的なキャリアプランは、多様な指導医や専門医が効率よく増え、質の高い医療の実現につながる、と結んだ。

・全体討論での参加者の主な発言

▼日本の医療は世界一 なぜ専門医制度を変える必要があるのか
 医療費が少なく、平等に医療が受けられる、その効果としての平均寿命も高い。日本の医療は世界一だ。なぜ専門医制度を変える必要があるのか。質の悪い医師が出ていないのは有賀先生のお話の通り。いまの仕組みで専門医はできている。新制度が本当に必要か疑問。

▼どんな専門医を育てるかが究極の資源配分
 どういう専門医を育てるかが究極の資源配分だ。どのような内科の医師が働くかで、その地域、日本全体の医療を決める。日本は米国とヨーロッパの中間でどのような専門医の制度を作っていくのかが課題だ。

▼第二の医療崩壊を心配
 神経内科とジェネラルもやりたいと考えていた。1年間は診療所に勤め、4年目から国立循環器病研究センターで脳卒中を3年間学んだ。新専門医制度になると、ナショナルセンターでの早期の専門医の育成が壊れるのではないか。大学で内科を回って、研修医で2年間内科をやって、さらに内科専門医過程を選択すると、3年から5年、内科を回ることになる。こんな制度はいらない。

▼10年―15年かけてゆっくり論議を
 総合診療専門医だけ作って、その他は10年―15年かけてゆっくりやっていけばよい。学生のときに神経内科も総合医もやりたいといったら、教授が富士山は高くて裾野が広いから美しいといわれた。新制度は電信柱だ。人に負けない専門性を発揮しながら、専門医であり総合医でもあることを実践してきた。高いところから裾野を広げていくにはどうするか、その議論をしながら、専門医制度を考えていくべきだ。

▼今の仕組みに割り込んできた新制度は不要
 新制度をつくり、専門医の認定要件を機構が持てるようにした。これが問題だ。われわれがプロフェッショナル・オートノミーで作ったものを政府主導の機構が同じプロフェッショナル・オートノミーという名目で取り上げようとしている。全学会が同等に質や量的な必要度にあわせて認定を進めているわけではない。しかし、外科系は専門医なしに語れない。呼吸器外科、心臓外科専門医は日本でいまやれる範囲で形はできている。学会が専門医を認定する仕組みがすでに走っているところに、割り込んできた制度はいらない。

▼地域の医師数コントロールはなじまない
 医師数を国がコントロールして配置するのはなじまない。反発が大きすぎる。中小病院に全科が必要かなどを複合的に考える。学会、医師会、厚労省も全部が知恵を絞る。資源の集中と分散の問題だ。地域の医師数をどうこうしても地域医療の課題は解決しない。

〈医学生・研修医〉

▼忙しすぎて基礎的な知識を学べない
 臨床がふえ、基礎・教養が圧縮されて、基礎的な知識が必要ななかで、社会医学的な知識を得ることもできない。社会のなかに出てやっていけるのか心配だ(医学生3年)。

▼キャリア形成で悩み
 キャリア形成や就きたい診療科で悩んでいる。新制度でさらに悩んでいる。理想の医師像に接近できないようだと困る。機構のホームページでも、教員や学校に聞いても新制度がよく分らない。詳しい情報を周知するよう機構に望みたい(医学生5年)。

▼「なんとなく」医師を作らないための教育を
 医師が足りない。偏在ではないと実感している。地域が大変、青森が大変だといわれても、私たち学生にはなんともできない。一番大事なのは、地域医療に取り組む熱意を植え込む努力が足りないこと。モチベーションも過密なカリキュラムのなかで失いがち。どのような医師になりたいのか自己分析する機会もないくらい。マッチングを受けて適当な医局に入って適当に医者になればいいやと本気でいう同期がいて、驚いた。専門医どうこうの前に、「なんとなく」医師を作らないための教育も大事ではないか(医学生6年)。

▼ケースレポートレベル29症例は厳しい
 新専門医制度では、ケースレポートレベルを29症例提出しないと内科専門医になれないと聞いたが到底無理だ。総合診療科も情報を集めているが、その先のキャリアアップが不透明すぎる。同期では、内科の人気がない。外科かマイナー科が多い。マイナー科のキャリアアップが楽というイメージがあるからだ(初期研修2年)。

『東京保険医新聞』2016年10月25日号掲載