公開日 2019年03月13日
2016年、都内の病院で乳腺手術を担当した乳腺外科専門医が、執刀後に女性患者(Aさん)の乳首を舐めたなどとして準強制わいせつの罪で起訴された事件で、東京地裁刑事第3部の大川隆男裁判長は2月20日、無罪(求刑・懲役3年)の判決を言い渡した。
鶴田幸男会長と佐藤一樹理事は、判決を傍聴したのち、「控訴に反対する声明」を裁判所内の司法記者クラブで発表した。
佐藤理事は「本判決に対する控訴は、無実の罪で逮捕から105日間勾留され起訴された医師をより不幸にするだけではない。Aさんも不幸にする。控訴は彼女に対して、術後せん妄ではないと主張するのと同じです。検察官、あるいは警察が術後せん妄に関して、正面から捉えてこなかったことが彼女を長い年月苦悩させ、怒りをより強くさせたという面もある」と述べ、「両人の人権を守るためにも控訴しないでいただきたい」と訴えた。
そもそも事件があったとは証明できない
今回の無罪判決の特徴は、術後せん妄の可能性は否定できないとしたこと、そして、警視庁科学捜査研究所(科捜研)の鑑定結果について、科学的な証拠価値をほぼ全面的に否定したところにある。
判決は、①せん妄の危険因子である乳房手術であったこと②脱抑制作用のある鎮静剤(プロポフォール)が通常の倍量であり③手術による疼痛を感じ、かつ、鎮痛剤(ペンタゾシン)が通常より少量であったことから、患者はせん妄状態に陥りやすい状態にあったとし、せん妄に伴う性的幻覚を体験していた可能性を指摘。性的幻覚ではないという検察側の主張を完全に排斥した。
鑑定結果については、①鑑定の実験ノートともいうべきワークシートが鉛筆書きで、しかも消しゴムで消した跡が判るところで9カ所あり②アミラーゼ反応が陽性だったことを証明する画像や立会人もなく③DNA量が多く検出されたというDNA定量検査のデータもすべて破棄され、試料の抽出液も捨てられて再鑑定を不可能にしていることを示し、科捜研の鑑定や検査が極めてずさんで証拠価値がないこと、研究員の資質・態度に問題があることを、強い言葉で指摘した。
さらに、科捜研による鑑定や検査の結果が有効であると仮定しても、外科医師が手術の直前に行った触診や患者を挟んでのディスカッションなどの過程で、手の指から、あるいは飛び散った唾液の中からアミラーゼあるいはDNAが付着した可能性は否定できないとして、アミラーゼ鑑定とDNA定量検査の結果から外科医師が乳首を舐めたとする検察官の主張を退け、事件があったこと自体に合理的疑いをさしはさむ余地があると結論。「本件については犯罪の証明はない」として、無罪を言い渡した。
(『東京保険医新聞』2019年3月5日号掲載)