「人生の最終段階ガイドライン」考える

公開日 2019年11月08日

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小松美彦氏

 地域医療部は10月5日、研究会「人生の最終段階ガイドラインを考える」をセミナールームで開催し、45人が参加した。

 本研究会は、厚生労働省が2018年3月に改訂した「人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセスに関するガイドライン」(以下、改訂ガイドライン)が、臨床現場にどのような影響を及ぼすのかを検証するために、2019年1月に開催したシンポジウムに引き続き、企画・開催した。

ガイドライン改訂の背景

 はじめに、小松美彦氏(東京大学大学院人文社会系研究科死生学・応用倫理センター教授)が「人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセスに関するガイドラインをどう見るか」と題し、講演した。

 現在、医療従事者を中心に、改訂ガイドラインの運用面が注目されているが、小松氏は、改訂の背景に着目すべきだと指摘した。

 日本では、小泉政権が誕生した2001年以降、新自由主義的な経済財政政策が実行され、医療・社会保障の削減も目標とされてきた。こうした流れのなかで、2007年には厚生労働省によって「終末期医療の決定プロセスに関するガイドライン」が策定された。

 そして、改訂ガイドラインにおける変更点として、①全文にわたって「患者」という表現が「本人」に変更された、②本人の意思が確認できない場合にそれを推定する者が、「家族」から「家族等」に拡大されたうえに、「本人に代わるものとして」という修飾語が追加されて代理決定ができることが明確化された、③「治療方針」が「方針」に変更された、等を挙げた。

小松氏は、「治療」の文言が外されたことは、「生かす医療」から「死なせる医療」への変質を意味するのではないかとの懸念を表明した。改訂ガイドラインは、新自由主義的な経済財政政策、とりわけ「骨太の方針」に基づいて策定されており、ACP(※)は消極的安楽死(※)への誘導装置として機能するのではないかとの憂慮を示した。

ナチスの安楽死政策と類似

 安楽死は、古代ギリシアにおいては「自分自身が安らかな死を遂げる」という意味で用いられていたが、19世紀以降のヨーロッパなどでは「他者を苦しみから解放し、安らかな死を遂げさせる」という意味で用いられるようになった。

 ナチス政権下では安楽死が優生思想と結びつき、20万人以上の知的障がい者・精神障がい者への安楽死政策が行われた。

 小松氏は、ナチスの安楽死政策の特徴として、①自己決定権(それが不可能である場合の代理決定と一体である)を基盤としていること、②無益な苦しみからの解放、③人間の尊厳(自己認識ができて、生きようとする意思がある状態)を重視していること、④安楽死という言葉を用いず、慈悲殺などの軟らかい表現が使用されていることを挙げ、改訂ガイドラインもこれらの点が類似していると警鐘を鳴らした。

ACPを行う際の課題

 中村洋一理事は、在宅医療における事例を紹介しながら、終末期医療や緩和ケアのあり方、また、改訂ガイドラインで推奨されているACPを実際に行う際の課題について提起した。具体的には、「患者の容体が日々変化するなかで、ACPをいつ、どのような時に行えばよいか」「必要な救命・延命の道を閉ざすことにならないか」といった悩みや、医療・ケアの方針決定において医師への依存が大きいこと、規模が大きい病院と異なり、地域のなかでは法律家などの助言を得にくいことなどを挙げた。

 その後のパネルディスカッションでは、医師やケアマネジャーなど様々な立場から、現場の実態も踏まえて改訂ガイドラインをめぐり意見交換が行われた。

※ACP(アドバンス・ケア・プランニング)
 人生の最終段階の医療・ケアについて、本人、家族等、医療・ケアチームが予め繰り返し話し合うプロセス

※消極的安楽死
 患者本人の意思を尊重し、積極的な延命治療を行わないこと。日本でのみ尊厳死と呼称される。

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(『東京保険医新聞』2019年11月5日号掲載)