骨太の方針 医療費削減の撤回を

公開日 2021年07月20日

 菅内閣は6月18日、「経済財政運営と改革の基本方針2021」(骨太の方針2021)を閣議決定した。医療・社会保障分野を中心に、「骨太の方針」の狙いを分析する。

社会保障費の自然増削減路線を継続

 社会保障費については、自然増を削減する路線を継続するとし、高齢化による増加分に相当する伸びにおさめる方針が明記された。全世代型社会保障改革の名のもとに、給付削減と患者負担増の政策がさらに進められようとしている。

 「医療費適正化」と称する「医療費削減」を強引に推進し、国保料の値上げにつながる「国保財政への法定外繰入等の早期解消」、地域医療構想に基づく「病床削減・再編」を求めている。

 75歳以上の医療費窓口負担を2倍化する法案が通常国会(6月閉会)で成立した。コロナ禍で患者負担増を強行し、社会保障費に大鉈を振るう政府方針は「ショック・ドクトリン」(大惨事につけこんで実施される過激な市場原理主義改革)とも指摘されている。

誤診に基づく政府処方箋

 「財政健全化に向けた建議」(5月21日・財政制度等審議会)が「骨太の方針2021」に先立ってまとめられた。その中で財務省は、コロナ禍での医療提供体制について、「人口当たりの病院・病床数が多いために、医療資源が散在し、手薄な人的配置となっている我が国医療提供体制の脆弱さの一端が明らかになっている」と分析している。コロナ禍で医療崩壊に至った原因を、医療資源の偏在に矮小化するものだ。

 欧米諸国などから成るOECD(経済協力開発機構)加盟各国の医師の平均の数は約45万8千人(2018年)で、人口1千人当たり3・5人だ。ところが、日本の医師の数は約32万7千人、人口1千人当たり2・5人で、OECD加盟国中6番目に低い。

 コロナ禍前から、民間病院は低医療費政策による経営難と慢性的な医師・看護師不足に悩まされてきた。公立・公的病院についても同様の理由で、全国的に病床削減と再編統合が進められ弱体化していた。

 政府が進めてきた「地域医療構想」に基づく病床削減・再編路線は、コロナ禍において機能不全と医療崩壊をもたらした。その主要な原因は、公立・公的病院を削減してきた結果、パンデミックに対応できる病床と医療人材を十分に確保できなかったことによる。

公立・公的病院の拡充は必須

 国と自治体の方針によって、感染症病床に転用できる公立・公的病院の役割は重要だ。不採算に陥るリスクを顧みず、いのちを守るためにパンデミックや災害発生時に迅速な対応ができるのは、公立・公的病院の最大の強みと言えるだろう。公立・公的病院の体制を平時から拡充し、余力を持たせておくことは、国民のいのちと健康を守る安全保障として最も重視すべき政策ではないか。独立採算が求められる独立行政法人化では、この役割と責任を果たすことはできない。

 公立・公的病院の拡充は、最低限必要な対策である。しかし、「骨太の方針」は病床削減・再編路線に固執している。コロナ禍においても政府は、公立・公的436病院の再編統合を促す「再検証リスト」を撤回していない。

 政府には、現状認識と対処方針を根本から改めるよう求めたい。誤診に基づく政府処方箋では、医療崩壊という同じ過ちが繰り返されるだろう。

対面診療を減らし医療費削減へ

 「骨太の方針」では、①かかりつけ医機能の強化・普及、②更なる包括払いの在り方の検討も含めた診療報酬の見直し、③診療所も含む外来機能の明確化・分化の推進、④オンライン診療の初診からの解禁、⑤OTC類似医薬品等の保険給付はずし、⑥後発医薬品の使用促進―等を推進するとしている。

 次期診療報酬改定を念頭に、事前に患者の状態が把握できる場合にオンライン診療を初診から認める検討が進められている。「患者の医療情報を事前に入手できるからと言って、一度も診療したことのない患者の病状をオンライン診療のみで正確に把握できるのか」等、疑問の声があがっている。

 「骨太の方針」には、「症状が安定している患者について、医師及び薬剤師の適切な連携により、医療機関に行かずとも、一定期間内に処方箋を反復利用できる方策を検討し、患者の通院負担を軽減する」という方針が明記された。医師による対面診療の軽視は、医療安全と患者のいのちの軽視にもつながる。政府の医療費削減と安上りの医療へ誘導する狙いを見抜き、真に患者のためとなる医療を守り発展させていくことが重要だ。コロナ禍における診療報酬の臨時的取扱いと分けた慎重な論議が必要だ。

デジタル化推進 危険な医療情報の利活用

 「骨太の方針」は「官民挙げたデジタル化の加速」を成長の源泉とし、デジタル化を強力に推進するとしている。

 マイナンバーカードについては、2022年度末にほぼ全国民に行き渡ることを目指す方針を堅持し、健康保険証、運転免許証との一体化に加え、スマホへの搭載等についても推進するとした。また、「政府のデータ戦略に基づき、政策課題に対応するデータを特定・発掘し、その活用・共有を前提としたデータ設計・整備を行い、整備されたデータの最大限の利活用を図る」方針が明記された。医療・特定健診等の個人情報についても、行政データを中心にデジタル庁が集約し、民間企業による利活用を図っていくとしている。

 医療・介護分野では、①電子カルテと介護情報の標準化、②医療情報の保護と利活用に関する法制度の検討、③画像・検査情報、介護情報を含めた自身の保健医療情報を閲覧できる仕組みの整備、④審査支払機関改革―等を計画している。

 政府が、マイナンバーを核に、あらゆる個人情報を収集・把握し、紐づける流れが強まれば、監視社会につながることが懸念される。ひとたび医療情報が漏洩すれば、人の一生が左右される事態も想定される。機微情報を民間企業が利活用する規制緩和も狙われており、個人情報の保護を最優先する流れへの転換が必要だ。

 「骨太の方針」は、「これまで進められなかった課題を一気に進めるチャンスが到来している」と掲げており、社会保障費と医療費の削減をこれまで以上に進め、医療情報を利活用する政府の狙いが露わになっている。

 協会は、コロナ禍の今こそ「医療・社会保障の拡充」を求め、会員・患者と共同した取り組みを続けていく。
 

(『東京保険医新聞』2021年7月15日号掲載)