[解説]「黒い雨」訴訟・広島高裁判決の意義と今後の課題

公開日 2021年10月12日

「黒い雨」訴訟・広島高裁判決の意義と今後の課題

                     

「黒い雨」訴訟弁護団事務局長・弁護士 竹森 雅泰

 

❖ はじめに

 2021年7月14日、広島高等裁判所は、「黒い雨」訴訟に関し、広島市長・広島県知事・厚生労働大臣(以下「控訴人ら」)による控訴を棄却し、原告84名全員について被爆者健康手帳の交付等を命じた広島地裁判決を支持した。

❖ 広島高裁判決の意義

1.被爆者援護法1条3号の解釈
 本判決は、被爆者援護法1条3号の「身体に原子爆弾の放射能の影響を受けるような事情の下にあった者」とは、「原爆の放射能により健康被害が生ずる可能性がある事情の下に置かれていた者」と解するのが相当であると判示した。それのみならず、ここでいう「可能性がある」とは、「原爆の放射能により健康被害が生ずることを否定することができない事情の下に置かれていた者」と解されると判示して、法の趣旨をより明確にした。

 これは法が、原爆投下の結果生じた放射能に起因する健康被害が特殊であり、特殊な健康被害について、戦争遂行主体である国の責任によって救済を図るという国家補償的配慮に基づくこと、被爆者に対する健康管理と治療に遺憾なきようにするために制定されたこと等を踏まえたものであり、被爆者援護法の法的性質や理念を踏まえた的確な解釈と評価できる。

2.黒い雨による内部被曝と健康被害の可能性
 次いで、本判決は、上記解釈を前提として、法1条3号に該当すると認められるためには「特定の放射線の曝露態様の下にあったこと、そして当該曝露態様が原爆の放射能により健康被害が生ずることを否定することができないものであったこと」を立証することで足りるとし、科学的知見はそのような観点から用いるべきと判示した。

 これは被爆者認定について、原爆症認定と同様の科学的証明を要求する控訴人らの主張を排斥し、疾病の発症の不安におびえる被爆者に対し、適切な健康診断を行うことによりその不安を一掃するという法の理念を踏まえ、被爆者の認定にあたっては、「疑わしきは申請者の利益に」という方針で臨むべきことを明示したものといえる。

 そして、原爆投下直後から現在まで集積された調査報告等の科学的知見を踏まえれば、「広島原爆の投下後の黒い雨に遭った」という曝露態様は、黒い雨に放射性降下物が含まれていた可能性があったことから、黒い雨に直接打たれた者は無論のこと、たとえ黒い雨に打たれていなくても、空気中に滞留する放射性微粒子を吸引したり、地上に到達した放射性微粒子が混入した飲料水・井戸水を飲んだり、地上に到達した放射性微粒子が付着した野菜を摂取したりして、放射性微粒子を体内に取り込むことで、内部被曝による健康被害を受ける可能性があるものであったと判示し、内部被曝による健康被害の可能性を明示した。

3.疾病の発症を要件から除外
 さらに、原判決が法1条3号による被爆者認定には、黒い雨の曝露だけでなく、疾病の発症が必要であると判示していたのに対し、本判決は、疾病の発症を要件から除外した。

 黒い雨による被爆類型について、国は、法附則17条に基づき、黒い雨降雨域のうち強い雨が降ったとされる大雨地域を第一種健康診断特例区域に指定し、加えて、402号通達に基づき、健康管理手当の支給対象となる11種類の障害を伴う疾病を発症した場合に初めて法1条3号に該当する被爆者として取り扱ってきた。直接被爆者、入市被爆者、救護・看護被爆者は、疾病の発症を要件とすることなく被爆者認定されることと対比すると、黒い雨被爆者は疾病の発症という要件が加重され、さらに大雨地域外の黒い雨被爆者は援護対象から完全に除外され、二重の意味で差別されてきた。しかし、本判決は、疾病の発症という要件を取り払い、さらに大雨地域外の黒い雨降雨域についても黒い雨が降った蓋然性が認められるとして、黒い雨被爆者を他の被爆類型と同様の「被爆者」としたのである。

❖ 総理大臣談話と今後の課題

 1.7月27日、政府は総理大臣談話を閣議決定し、上告を行わないこととし、原告に被爆者健康手帳を速やか発行するだけなく、同じような事情にあった者についても認定し、救済できるよう、早急に対応を検討するとした。

 ‌これは、原告を被爆者と認定したのと同様、原告以外についても被爆者として認定し、救済する方向性を示すものであり、これまでの被爆者援護行政のあり方を根本的に見直すものと評価できる。

 他方、総理大臣談話では、黒い雨や飲食物の摂取による内部被曝の健康影響を、科学的な線量推計によらず認めた点について、被爆者援護制度の考え方と相容れず、容認できるものではないとしている。

 しかし、黒い雨被爆者を被爆者と認定することは、当然、内部被曝の健康影響を前提としている。例えば救護・看護被爆者の認定において、線量推計は問題とはされていないから、総理大臣談話は論理的に矛盾している。

 2.今後は、黒い雨被爆者を認定するために必要な審査基準の改訂等、必要な措置を速やかに講じるとともに、約1万3,000人と推計される黒い雨被爆者の相談体制を整備する等の対応が求められる。全ての黒い雨被爆者が救済されるよう、引き続き努力していく所存である。
 


 

(『東京保険医新聞』2021年9月15日号掲載)