保健所シンポジウム 保健所体制の拡充を

公開日 2022年04月09日

 地域医療部は1月26日、シンポジウム「地域の中で保健所が果たす役割・あるべき姿を考える」を開催し、26人が参加した。

 はじめに、中村洋一副会長が「保健所と地域医療」と題し、開業医の視点から保健所に期待する役割を述べた。保健所は、感染症への対応のみならず、①健康寿命の増進を目指す地域づくり、②災害時の連携体制、③難病患者の療養体制支援や精神疾患の患者への見守り連携、④妊娠、出産、子育て支援等、地域住民の健康や福祉にかけがえのない役割を果たしている。しかし、介護保険制度の導入や首長の意向等により、活動が限定的になっているのではないかと問題提起した。

大沢真理氏


白井千香氏


中村洋一副会長

保健所政策の問題点

 次に、大沢真理氏(東京大学名誉教授)が近年の保健所政策をめぐる特徴と問題点を解説した。

 日本の社会保障システム(税および社会保障制度)は、COVID︱19の拡大以前から低所得者を冷遇してきた。さらにコロナ禍での一斉休校や外出自粛により、ひとり親や共稼ぎ世帯の稼得活動が困難となった。検査と治療により、経済活動が維持される可能性はあったが、日本におけるPCR検査数は世界に後れをとっている。要因として1990年代後半以降、日本の保健医療体制が非感染症(生活習慣病)重視にシフトし、感染症病床数、保健所数、保健所職員数、地方衛生研究所(以下、衛生研)職員数が削減され非正規雇用化が推進されたことを挙げた。

保健所の変遷

 日中戦争が始まった1937年、慢性感染症(結核、性感染症)蔓延の状況下で、国民の体位向上を目的に保健所法が制定され、保健所が設置された。戦後、日本国憲法が制定され、第25条2項では社会福祉、社会保障、公衆衛生について国の責務が規定された。このもとで1947年に保健所法が改定され、保健所は、健康相談、保健指導に加え、医事、薬事、食品衛生、環境衛生等に関する行政機能をあわせ持つ公衆衛生の第一線機関として強化された。翌48年には地方衛生研究所設置要綱が制定された。

 1994年に保健所法は地域保健法となり、母子保健サービス等、住民に身近な保健行政は区市町村に移管された。その後、平成の大合併と呼応して保健所の所轄区域が広域化され、統廃合が促された。またそれ以前から、国の保健所運営費交付金と補助金が順次一般財源化された。これらの結果、1994年には全国で847カ所あった保健所が、2021年には470カ所となった(図1)。保健所の職員総数も1989年からの約30年間で6500人以上減少した。職種別では医師、看護師、放射線・X線技師、検査技師の減少が著しい。保健師数は微増しているものの、とりわけ女性で非正規雇用の割合が高まった。

公助から自助・共助への後退

 2001年には「地域健康危機管理ガイドライン」が策定され、保健所が初動を担うこととなった。検査は衛生研に集約されてきたが、衛生研は設置の根拠となる法律がなく、地方財政の悪化にともない、削減の標的となった。2010年に開催された新型インフルエンザ対策総括会議の報告書では「地方衛生研究所のPCRを含めた検査体制などについて強化するとともに、その法的位置付けについて検討が必要」とされたが、2005年から2012年にかけて開催された地域保健対策検討会において、保健所や衛生研の機能強化には触れられなかった。そればかりか、2012年に出された同検討会の報告書では、地域保健の役割を「個人を対象とした公助」から「自助および共助支援としての公助」に縮小し、公的責任を後退させた。

 また大沢氏は、COVID︱19による都道府県別の累積死者数と人口あたりの就業看護師数、内科医数、病院病床数との相関関係をデータを基に指摘した(図2・3)。

保健所の機能拡充には職員の増員を

 白井千香氏(全国保健所長会副会長、枚方市保健所長)は、保健所のCOVID︱19対応として、①行政検査の受付、②感染者の発生届を受理、③入院勧告および就業制限・自宅待機の要請、④入院・宿泊療養の調整・搬送、⑤自宅療養者の病状把握、⑥積極的疫学調査等を挙げ、第6波における感染者の急増により業務が非常に逼迫している実態を述べた。背景には、保健所数の減少とともに、公衆衛生医師数の減少もある。

 保健所は、その設置主体や規模等、全国一律ではないが、住民の健康的な生活の維持向上を支える役割は共通だ。住民のいのちと健康を維持する保健所を、持続的な社会の枠組みとして活かすことが肝要だ。地域における健康危機管理の拠点として、住民や医療機関等からの期待に応えるため、保健所の機能拡充には、公衆衛生医師、保健師、看護師、事務職等、保健所職員の養成と増員が必須だと白井氏は強調した。

危機に強い体制構築のために

 感染症を含めた危機に強い地域医療体制の構築には、医療機能の役割分担、地域の疾病発生状況の把握が不可欠だ。すべての医療機関において、日常診療の延長線上で可能な役割を分担し、経験値と備えにより対応力を高める必要がある。同時に、市民啓発・リスクコミュニケーションの課題として、感染者・非感染者が社会の中で分断されることを危惧し、社会全体による感染症対策に言及した。そして、国民や市民が信頼できる政治であることを前提として、地方自治、民主主義が成熟すれば、大規模かつ広域であっても住民の健康に係る危機管理を地域で取り組めるのではないかと白井氏は述べた。

 パネルディスカッションでは、「日本ではPCR検査を抑制する政策のために、大学や国立研究機関の能力が十分に活用されなかったのではないか」「COVID︱19関連予算が十分に執行されるよう、今後も要望し続ける必要がある」「墨田区モデルが注目されているが、医療機関・医師会も含め地域での連携体制を構築する取り組みを継続してきたことが重要だ」「貧困や格差の解消に向けて真剣に取り組むことが、感染症も含め最大の減災対策だ」等、活発に意見交換が行われた。

 最後に、須田昭夫会長が「誰ひとりとして取り残さない医療・保健体制を構築できるよう、これからも多職種協働や行政への働きかけを強めていきたい」と挨拶し、閉会した。

(『東京保険医新聞』2022年3月5日号掲載)