ピアサポートと医師の労働実態 考える

公開日 2023年02月08日

 勤務医委員会は1月15日、第3回ピアサポート研究会を宿野部武志氏(一般社団法人ピーペック代表理事・透析患者)と植山直人氏(全国医師ニオン代表)を講師に開催し、会場6人、Zoom7人が参加した。

 
 当日の模様(1月15日、セミナールーム)

患者経験のある人を医療チームに

 ピアサポートとは一般的に「同じような立場の人によるサポート」といった意味で用いられる言葉である。身体障害者自立生活運動で始まり、知的障害や精神障害の分野でも定着し始めている。

 開会あいさつで細田悟勤務医委員会委員長は、「2024年4月から医師の働き方改革が実施されるが、それにより医師の過重労働が解決するかは見通せない。ピアサポートには医療の質が高まり、同時に医師・医療者の負担軽減につながる可能性がある。大いに議論いただきたい」と述べた。

 杉原正子勤務医委員会委員は趣旨説明で「既に血液疾患の院内患者会やアルコール依存症患者の自助グループ、透析治療などでピアの役割が効果を挙げており、ピアサポーターも有力な『医師の業務のタスクシフト先』となりうる。『医師の働き方改革』にピアサポートやピアサポートワーカーの仕組みを組み込めないか」と提案した。

 自身も透析歴35年の宿野部氏は「医療におけるピアサポートの役割と可能性」と題し、透析患者・腎臓病患者の「こころのサポート」を行う、じんラボの活動を紹介した。

 「腎臓病が悪化しシャント手術を勧められたが、不安で決心がつかない」という患者をサポートしたところ、透析導入後自らもサポーターとして活動しているという事例を挙げ、宿野部氏はチーム医療に「ピアサポートワーカー」として患者経験がある人を入れることを提案した。効果として、当事者経験のある人が患者の話を聴き対話することで気持ちが整理され、患者が落ち着きを取り戻す、自分がとるべき行動に繋がる、孤独感を減らす、主体的に治療と向き合えることなどを挙げた。自己管理能力も向上し、心身の状態が安定する結果、医療者の過重労働軽減に繋がるのではないかと述べた。

進まない「働き方改革」 財政支援と医師不足改善を

 植山氏は「医師の働き方改革推進に求められるもの」と題し、「勤務医労働実態調査2022」の結果を報告した。同調査では、残業代(時間外手当)について「支払いがない」が12・8%、「支払い上限がある」が10・8%だった(図1)。ほとんど業務を行わないことが前提である宿直での業務量については、「日勤帯と変わらない」が25・6%、「日勤帯よりは少ない(が業務はある)」が54・6%と宿直が形骸化している(図2)。また、アルバイトで働いた日を除く月の「休日回数」については、「0日」との回答が5・1%あった(図3)。これは明らかに違法であり、医師の働き方改革以前の問題である。

 自身の現在の健康状態については、「健康である」と答えた割合が47・1%と半数を下回っている(図4)。

 これは前回調査から10%以上減少している。

 また「健康に不安がある」との回答が42・5%にのぼったが、年代別にみると20代が48・9%、30代が49・6%と、若い年代の方が「不安がある」と答えている。そして「死や自殺について考えることがあるか」については「週や1日に何回か考える」が6・9%に上っている(図5)。世代が若いほど死や自殺を考える傾向があり、20歳代の医師の14・0%が日常的に死や自殺について考えている。

 植山氏は、「前回調査から5年間経過したが、医師の働き方改革は進んでいない。悪質な医療機関に対して労基署による厳しい指導を行うだけでなく、働き方改革に積極的に取り組む医療機関を財政的に支援し、適切な人件費を診療報酬に含める必要がある」と述べた。また、働き方改革が進まない背景に絶対的な医師不足があることを指摘し、「都市部の医師も過疎地の医師も過重労働を行っており、この問題は偏在の解消で解決されるものではない。医師の増員に正面から取り組む必要がある」と述べた。

 質疑では、「ピアサポートをする人はどうやって時間を作っているのか」「ピアサポートワーカーに病院から給与が出ていると、患者から『病院の回し者』のように見られないか」「ピアサポートとDXの関わりはどうなのか」などが出され、活発な意見交換が行われた。

 最後に須田昭夫会長が、「この約半世紀で透析技術は進歩を遂げ、腎不全患者の生存期間が延びただけでなく、さらにピアサポート活動に携わる人が出てきているのは素晴らしいことだ。ぜひ続けてほしい」と挨拶し閉会した。

 以下、参加記を掲載する。

 
 

参 加 記
透析患者の闘いの歴史と「医師の働き方改革」 須田 昭夫(須田クリニック・新宿区)

 1人目の講師は自分が血液透析を受けながら、その体験を後からくる仲間の治療に活かそうとする宿野部武志氏。ボランティアとして助言活動をしてきたが、活動の持続可能性を探っており、医療システムに取り込めば、多忙な医師の負担を軽減できると考えている。

 1970年頃は、腹膜透析で1年生存した患者さんは学会報告に値した。やがて血液透析がはじまり、生存をめざす患者さんと医師の共闘がはじまった。次第に患者さんの社会復帰も考えられるようになり、患者会の活動が実って1972年、治療に健康保険が適用された。これによって経済力に関係なく治療を受けられるようになり、やがて年齢制限や除外疾患もなくなっていった。

 透析効率の向上や補助的薬剤の発達により、いまや生きていることが楽しいという声も聞かれるが、患者さんの歴史は命を懸けた闘いだった。インフォームドコンセントという言葉もない時代から、「協同的自己決定」する時代になっただけでなく、医療者を助けようという意思が患者さんから出ることには、感慨深いものがある。

 2人目の講師は医師の過労死をなくすために長年苦労してこられた植山直人医師。

 過労死の根底には、若い医師が無給または薄給で働いている問題がある。卒後研修が1年から2年になり、新専門医制度はさらに約4~6年間の研修を課し、非正規給与で低賃金の期間が延長された。専門医になるのは約30歳である。

 研修の一部は過疎地の勤務を義務付けられ、複数の診療科や研修病院を転々と移動して、研修報告書の作成に追われて指導医の下に置かれるために、専門医の称号を得るまでは専門家としての矜持を持ちにくく、低額の収入のため家庭を持つことも容易ではない。医師は人間としての尊厳を奪われてきたと言わざるを得ない。

 働きすぎの日本人の労働環境を変えようという「働き方改革」も、医師だけは特別扱いにして年間1860時間までという、過労死基準の2倍もの時間外労働を合法とみなしており、改革は遅々として進まない。それでも若い医師たちの時間外労働は減少の傾向にあるというが、時間は有効に使うべきだ。近年、医学知識が爆発的に増加しているが、医学教育はいまだに暗記一辺倒である。しかし現代は取捨選択する能力によって知識を活用する時代になっている。医学教育は時代に大きく取り残されていると言うべきだろう。

 医療に於いて患者さんの自由と尊厳が拡大してきたことに比べると、医師の世界の古さには驚く。日本の医師は世界の歩みからも大きく取り残されている。過労死水準の2倍にあたる年間1860時間もの時間外労働さえも、合法とされているのだ。自分たちが置かれた状況を変えるために闘った患者さんと、闘わなかった医師の差なのだろうか。
 

(『東京保険医新聞』2023年2月5日号掲載)