医学部・地域枠を考えるシンポジウム 地域枠制度による課題を議論

公開日 2023年11月10日

 勤務医委員会は9月24日、医学部・地域枠を考えるシンポジウムを開催し、28人(会場5人、Web23人)が参加した。

 医学部の地域枠とは、大学が特定の地域や診療科で診療することを条件として地域枠に該当する学生に対して都道府県もしくは大学が奨学金を貸与する制度である。都道府県が定める地域で一定期間診療に従事することにより、奨学金の返還義務がなくなる。返還免除要件はおおよそ9年間であり、地域枠離脱には奨学金を利息をつけて一括返還する必要がある。しかし近年、離脱を希望する一部の学生を問題視し、離脱できないよう後付けで条件をつけ始め問題になっている。

 司会の杉原正子氏(勤務医委員会委員)は、趣旨説明で「地域枠という制度にはまだまだ課題が残っている。今回のシンポジウムを通じて議論を深めていきたい」と話した。4人のシンポジストから報告があった。

欧米各国の地方医師派遣制度

 関根利蔵氏(白岡中央総合病院内科)は欧米各国の地方医師派遣制度について報告した。欧米では、フランスやイギリスなど地域枠入試がない国も多い。地域枠がある国でも日本と比較すれば緩やかな条件で運用されている。例えばオーストラリアでは全医学科の25%が地域枠入試だが、医学部卒業後、18年以内に①専門医資格取得後、通算3年間或いは②専門医トレーニング1年6カ月、専門医取得後1年6カ月の計3年間、政府が定める遠隔地医療過疎地域に勤務すればよい。また、連続ではなく通算3年間でよい。ドイツのある州では、卒業後に地方遠隔地医療に参加する医学生への経済的支援があるが、卒業後に4年間の地方勤務をすればよい。それらを踏まえ、日本の地域枠制度はもっと融通性を持たせた方が良いのではないか、と指摘した。

地域枠制度による多数の人権侵害

 坂根みち子氏(坂根Mクリニック)は、地域枠における人権侵害として①身体拘束期間が長い、②奨学金の一括返還しか認めていない、③入試時、入学時の説明不足、募集要項の不備、④入学後の地域枠用特別カリキュラムの不足、⑤離脱希望者へのパワハラ・アカハラ・マタハラの頻発(学生の間は進級、卒業への懸念から沈黙を強いられている)、⑥県も大学も奨学金を返しても離脱を認めなくなっている(後出しでルールを変える)、⑦地域枠医学生の偏在(医師不足地域との整合生がない)の7点を挙げた。また、日本専門医機構は2021年12月に「都道府県に同意されないまま、当該医師が地域枠として課せられた従事要件を履行せず専門研修を修了した場合、原則、専門医機構は当該医師を専門医として不認定とする」と発表したが、批判が殺到し一旦取り下げ、現在ワーキンググループで検討中としている。

 坂根氏は「地域枠医学生・医師を支援する会」を設立し、相談窓口を開設したところ相談が殺到したと話し、具体的に相談のあった事例を紹介した。

解決策として「全国地域枠」の提案

 大滝純司氏(東京医科大学)は、現行の地域枠制度の課題を踏まえ、「全国地域枠」を創設してはどうかと提案した。その内容として、①募集対象者は全国の医師不足地域在住者。地域の基準は厚労省の公開資料を基に各大学が設定する、②入学後や卒業後の義務として、勤務地や診療科などの進路の条件は設定しない、③自治体は入学制度に介入せず、入学枠と奨学金とは無関係にする、④選考方法について学力は大学入学共通テストで評価し、大学別の学力試験は行わず、受験対策の格差を軽減する。そうすることで、地域枠入学者のステータスを向上させ、大学別学力試験への受験対策から解放する、多様で受験学力以外の能力も高い学生の入学を誘導できる、などの効果が期待できると話した。最後に大滝氏は、地域枠制度には多くの課題があるが、厳罰化よりも建設的な改善をしていくことが重要であり、その改善策のひとつが「全国地域枠」である、とまとめた。

地域枠運用の現状

 最後に井上清成弁護士(井上法律事務所所長)は、「坂根氏に誘われて地域枠医学生・医師を支援する会に関わったが、相談が多いことに驚いた。人権侵害が起こればそれを救わなければいけないし、地域枠は医学生・医師の人権侵害にならないように運用しなければならない」と話した。そして地域枠の運用の現状は、「過度に医学生・医師の人権を侵害しているケースがあるので、改善しなければならない。何かトラブルになった時に欧米先進国ではお金で解決しようとするが、後進国は身体拘束をしようとする。厚労省や大学の発想はまさに後者である」と指摘した。

 閉会挨拶で佐藤一樹氏(勤務医委員会委員)は、「シンポジストの方々が非常に研究されているので、本日はとても勉強になった。地域枠の問題は医療界で一、二を争う程の大きな問題だと思うので、今後も取り上げていきたい」と話し、閉会した。

(『東京保険医新聞』2023年11月5日号掲載)