デジタル先進国 フィンランドの医療制度を学ぶ

公開日 2024年01月30日

 政策調査部は11月28日、柴山由理子氏(東海大学文化社会学部北欧学科講師)、藪長千乃氏(東洋大学国際学部国際地域学科教授)を招き、医療制度研究会「フィンランドの医療とデジタル化」を開催した。会場・Zoomを合わせ、28人が参加した。

      
柴山由理子氏        藪長千乃氏

前提となる「デジタル化」

 「世界一幸福な国」とも言われるフィンランドは北欧を代表する福祉国家であり、医療分野においても高い水準を誇る。柴山氏はフィンランドにおける社会政策の歴史的展開について解説した。

 フィンランドは北欧の中で工業化が最も遅く、1950年代までは各産業別で農業労働人口の割合が最も多かった。そのため、農民同盟(1965年に中央党に改名)の主導で各種社会政策が進められ、1937年に創設された国民年金に加え、1960年代には公的健康保険が導入される等、北欧型福祉国家の建設が加速した。

 フィンランドにおいても他の先進諸国と同様に少子高齢化が進み、人口減少や医療費拡大に伴う財政への不安等から、各分野で効率化を求める声が高まった。1960年代以降、「福祉社会」「福祉国家」といった言葉が、次第に「情報化社会」「持続可能な社会」といった意味も包括するようになる程、社会全体としてこれらの「ポスト工業社会」に向かう意識が共有されている。フィンランドにおいては「情報化社会への転換」はすでに前提事項となり、国民的な合意をもって医療分野を含むデジタル化政策が進められている最中だ。

広域化による医療格差是正

 藪長氏は、「効率化」の一環として行われているフィンランドの保険医療制度改革(SOTE改革)とデジタル化について解説した。

 フィンランドの人口は560万人、人口密度は1㎢あたりわずか17人で、EU諸国の人口密度の7分の1、日本の20分の1程度だ。さらにその中でも地域差があり、人口・医療機関ともに極端に南部に集中する状況が少子高齢化でより顕著になっている。

 保健医療・社会福祉サービスの実施主体は約300の基礎自治体(日本では市町村にあたる)であり、自治体間のサービスへのアクセスや医療資源の格差、サービス供給システムの複雑化、コスト増等が問題となっていた。2023年1月のSOTE改革によって21の広域自治体(アルエ)が創設され、より広域での人材・資源の共有による地域間格差是正、サービスへのアクセス向上、コストの抑制、レベル・分野横断的な情報共有等が期待されている。

Kantaシステムによる医療情報共有

 国連が発表している電子政府ランキングにおいて、フィンランドは2位に位置するデジタル先進国だ。医療分野では、2010年からKanta(カンタ)システムが導入され、SOTE改革と同様に医療の効率化、コスト抑制を目的として運用・拡充されてきた。

 Kantaシステムは、全国で共有される一元化した医療情報アーカイブ・健康管理システムであり、医療機関・福祉機関・薬局・患者等がそれぞれアクセスできる。公的医療機関・薬局の100%、民間医療機関の70%、公的福祉機関の74%等で利用され、患者が自身の情報にアクセスできるMyKanta(マイカンタ)サービスの利用者は350万人(全人口の6割以上)に達している。

 Kantaシステムでは、患者は診療記録・検査結果・画像データ・ワクチン接種履歴等の医療情報を閲覧できるほか、電子処方箋の発行依頼や情報の利用制限(自身の情報の利用をどこまで許可するか)等を行うことができる。多職種間で医療・福祉情報を共有することでサービスの効率化を図る一次利用のみならず、行政機関や民間業者は、利用申請をすることでKantaサービスに集約された情報を個人情報を取り除いた形で二次利用することができる。

 参加者からは、フィンランドについて「医療保険の被保険者番号とマイナンバーは紐づいているのか」「保険証(Kelaカード)廃止の議論は出ているのか」「カルテの共有範囲は医師の裁量で制限できるのか」等、医療のデジタル化に関する質問が活発に出された。

(『東京保険医新聞』2024年1月25日号掲載)