公開日 2024年07月30日
政策調査部は6月25日、浅野信久氏(医療アナリスト・医学博士)を講師に、研究会「欧州の医療のいま―英国NHSの事例を中心として―」をセミナールームで開催し、会場とZoomを合わせて36人が参加した。
浅野 信久 氏
欧州での動き
浅野氏はまず欧州の医療政策を説明した。EUでは、「EU4Health プログラム2021︱2027︱より健康な欧州連合のためのビジョン」が2021年に採択された。2021年から2027年の期間に53億ユーロの予算を取り、加盟国に対し健康分野における財政支援を行うもので、公衆衛生がEUの優先事項であることを定め、欧州保健連合への道を開くための主要な手段の1つとされている。
また、医療をめぐる議論の場として欧州保健フォーラムガスタイン(EHFG)という独立した無党派組織がある。このフォーラムの2024年のテーマは民主主義、人口動態、デジタル化であり、この3つの要因を立体的に組み合わせて平等、個人情報の保護、健康長寿等についての解決策を議論している。
イギリスの医療―NHSの課題―
次にイギリスの医療制度について解説があった。イギリスでは、国による健康保険制度はなく、NHSという公共医療サービスが運営され、国民には無償で医療が提供されている。イギリスには1148の病院(2023年)があり、そのうちNHSの病院は930病院ある。家庭医と呼ばれるGPは5万4600人であるが、そのうちの3万7476人がイングランドにいる(2024年4月末時点)という。GPには、独立して診療する医師と、NHSに雇用されて診療する医師の二通りの働き方がある。
その後、NHSが現在抱える課題について指摘がなされた。75年間無償で医療を提供してきたNHSだが、医療従事者不足、財政不足、高齢化による医療ニーズ増大など、様々な課題により満足な医療が提供できない状況に追い込まれており、新型コロナの世界的流行によりそれらの課題が露呈した。質の低下が加速し、長時間にわたり診療を待つ患者が病院にあふれた。外国人医療従事者がNHSを支えていた側面があるが、ブレグジットによりイギリスがEUを離脱したため、外国人医療従事者がイギリスから離れたことも影響が大きかった。慢性的な人員不足により医療従事者が疲弊しストライキも発生する事態となっていた。
課題解決に向けた動き
浅野氏は課題解決のための対策をNHSの事業計画から説明した。NHSの長期事業計画の中では、臨床医がどこにいても患者の記録やケアプランにアクセスして操作できるようにすること、意思決定支援と人工知能(AI)を使用して、臨床医がベストプラクティスを適用できるように支援すること、などのデジタルトランスフォーメーションの推進に関する事項が掲げられている。また、医療DXを担う人材を育てるためにNHSデジタルアカデミーという仮想組織を設立し、様々な人材教育プログラムの提供を行っている。
NHSが自身の課題に取り組む一方で、NHSを補完する形で民間病院や民間医療保険会社が台頭してきていると浅野氏は指摘した。特に、美容外科、白内障治療、ヘルニア治療、膝や股関節の人工関節置換術、MRI検査などの領域を民間が大きく担っているという。民間医療保険会社の中には、診療所、病院、歯科医院、高齢者介護施設、デジタルサービス等を運営し、イギリスだけではなく世界各国で事業を展開している会社もある。診療費については月極めの定額や、診療時の都度払いなど様々だ。
質疑応答では、GP制度によってフリーアクセスを制限することの弊害、イギリスにおける医療情報の利活用の動き、プライマリ・ケア医不足の問題、GPと専門医の担い手についてなど、あらゆる角度から活発に意見を交換した。
閉会挨拶で水山副会長は「日本とイギリスでは医療制度は違うが、人材不足などの共通の課題がある。その一つの解決策としてイギリスは医療DXを捉えている。日本における医療のデジタル化はおかしな方向に進んでいるが、イギリスの例も参考に、より良い医療制度を医療現場から提案できるようにしたい」と締めくくった。
浅野氏は参加者がイメージしやすいように、NHSが作成したGPの仕事についての映像を用いて説明した
(『東京保険医新聞』2024年7月15日号掲載)