公開日 2025年09月26日
9月8日、協会政策調査部はセミナールームで医療DX問題学習会を開催し、会場10人、Web39人が参加した。講師の清水勉弁護士(さくら通り法律事務所)は、「医療情報の利活用の必要性と危険性」をテーマに自身が政府の情報保全諮問会議メンバーを務めている経験も交えて講演した。
はじめに須田昭夫会長が挨拶し、「政府の強引な医療DX政策により私たち医療従事者を含む国民は個人情報を政府に預けることに不信感を抱いている。本日は政府が目的とする医療情報の二次利用とその問題点について伺いたい」と述べた。
清水氏は、はじめに低迷するマイナ保険証の普及率について言及し、その原因は説明及び周知不足による制度への不信感であると述べた。日本の行政の慣習から全国一律でシステムを導入したことも問題だとし、全国的なシステム普及の成功例として交通系ICカードの例をあげた。狭い範囲で運用を開始し、現場の事情に合わせて範囲を徐々に拡大し、さらにトラブル回避策として紙の切符を残したことで小規模のうちにトラブル対応ができ、成功に繋がったと紹介した。
また、政府の医療DX政策が議論されている規制改革推進会議ではメンバーが企業の代表、大学教授、弁護士らが中心で、現場でのトラブルに目が向きにくくなっていることを指摘した。
清水 勉 弁護士
医療情報の二次利用の危険性と日本国外の現状
清水氏は医療情報の二次利用について、医療情報の漏洩は時に患者の生命・人生を左右すると指摘し、政府が目的としている二次利用は患者本人のための活用ではないため一次利用よりも問題が起こりやすいと述べた。
一方で、国際的には医療情報を含む個人情報の二次利用は一般的なことになりつつあるが、その利用は厳しく制限されている。その例としてGDPR(General Data Protection Regulation・EU一般データ保護規則)という欧州経済領域(EEA)での個人情報とプライバシー保護の強化を目的とした法的な強制力のある規則をあげ、その基準を満たさない国や企業はEU内で個人データを取得できなくなっていると紹介した。GDPRと日本の個人情報保護関連の法律を比較すると数多くの差があるが、日本では個人情報保護法そのものが元々政府の民間企業監視を目的に誕生したため、権利保護の意識が薄くなっていることや、情報取得の際の「同意」の定義がなく、「同意」の有効条件の規定が欠けている等の問題を指摘した。
さらに、清水氏はEUで整備が進んでいるEHDS(European Health Data Space・欧州ヘルスデータベース)という医療等情報の一次利用、二次利用について定めた規則案を紹介した。EHDS規則案では公衆衛生や労働衛生、社会保障等の分野における公益性のある活動、製品やサービスの提供、開発等についてのみデータの二次利用を可能とする方針だ。データの利用にあたっては公的な情報連携基盤を整備し、二次利用の際は「HealthData@EU」という基盤を介し、データのアクセスについて審査する第三者機関を作ろうとしているとも付け加えた。
政府の議論に欠ける医療DXの問題点
清水氏は欧州の現状と比較し、日本の医療DXの議論においてはデータの利活用という政府の目的が全面に出ていて、そもそも「医療とは何か」といった根本的な問題や「医師と患者の関係」のような現場の問題、また、医療情報の高い秘匿性と研究等に有用な高い公共性という二面性の検討といった議論が欠けていることを指摘した。このような状況では、医療従事者側は政府に患者の重要な情報を渡すことに疑問を持つことは当然だとし、一方で規制改革推進会議ではGDPRに近づけようとする議論も上がっていて、医療現場から制度についてぜひ新たな提案をしてもらいたいと締めくくった。
質疑応答では「既に政府はデータ収集に前のめりになっていて医療従事者側には不信感がある。どうしてこのようなことが起きるのか」、「政府は電子カルテ情報共有サービスの運用開始を目指しているが、一次利用にしても医療情報を提供するのは抵抗がある。患者の同意が置き去りになるのではないか」といった数多くの質問や意見が出された。講師と参加者の間で活発に議論が行われ、盛況のうちに閉会した。
協会は引き続き、医療DXの問題点を研究し、会員への解説・周知に努めていく。
(『東京保険医新聞』2025年9月25日号掲載)