保険医の生活と権利を守る東京保険医協会

【視点】新専門医制度をめぐって

公開日 2016年06月15日

細田悟勤務医委員長

細田 悟(理事東京保険医協会理事・勤務医委員会委員長・病院有床診部部長)

新専門医制度が2017年4月から実施されるにあたり、ようやくその制度の実態が明らかになりつつある。そして、良識ある医療界の多くから、実施延期や中止を求める声明がでている。それは何故か?

市中病院の機能を低下させ地域医療の崩壊を招く

この制度の運営を担う一般社団法人「日本専門医機構」の定款、第1章総則第3条(目的)には、次のようにある「この法人は、国民及び社会に信頼され、医療の基盤となる専門医制度を確立することによって、専門医の質を高め、もって良質かつ適切な医療を提供することを目的とする」さらに、日本専門医機構のホームページには池田康夫理事長挨拶として「~前略、プログラム作成にあたっては『専門医の質の一層の向上』と同時に「地域医療に十分な配慮」をする事が非常に重要です」とある。しかし、残念ながら現時点で公表されている19の基本領域の専門医のプログラムでは、これらの目的・理念と真逆の方向に向かうだろう。

新専門医制度 5つの懸念

第1の懸念は、勤務医が研修の基幹病院となることができる大学病院や一部の専門性の高い大病院にしか存在できなくなる恐れがあることだ。
初期研修で2年間、専門医受験資格を取得するまで3年間~5年間、さらに専門医資格を1回更新するまで5年間を要し、その間の10年~12年間は、大学医学部を卒業した医師が地域の市中病院(基幹病院となれない)へ定着できない状況となる。その上、専門医の資格更新は5年間の実績を要するので、専門医資格を維持しようとすると、大学病院などの基幹病院から離れられない状況ができる。地域医療を支えている中小の市中病院(民間病院)には、もう若い医師は来なくなる時代が来る。

第2に、中小の市中病院から指導医がいなくなり、地域の教育病院がなくなる。
いま、地域の市中病院を教育病院として維持するため、専門医資格を複数維持している立派な指導医がいる(私は一つだけですが)。新制度では5年ごとの更新で一定の症例数や手術経験数、活動実績などを複数の専門領域にわたって提出し、審査を受けることになるが、複数の専門領域で新制度の更新基準を維持するのは困難といわれている。

すなわち限られた人員で何とか頑張ってきた中小の市中病院は、もはや教育病院の機能を維持することはできなくなる。そのことは後期研修医など若い医師が来なくなることを意味する。
さらに、大学病院では、現時点で診療科の専門医や指導医が存在しないケースも散見する。その場合は、市中病院から専門医資格を持った医師を移動させて調整するように指導がある。市中病院の医師を大学病院へ吸い上げるということだ。

第3に、女性医師のキャリアパスの問題がある。2014年の統計では29歳以下の医師数男女比は、男性65.2%、女性34.85%となっており、その割合は、年々女性医師の比率が増加していくと予測される(多くの国公立大学の医学部の入学者の男女比の比率は、すでに50%対50%となっている)。医学部を卒業して最短で24歳、後期研修を終了するまで最短で29歳、いつ結婚し、いつ出産し子育てをどうするのか?そういった視点を「新専門医制度」にとり入れないと、日本の医療は崩壊に向かうことは明らかである。

第4に、専門医資格を更新するハードルが高いために、開業医は総合診療医以外の専門医資格を維持できなくなる。

第5は「定員制」による医師養成数のコントロールだ。病床数を規制する地域医療構想とリンクさせれば医師数・病床数ともに地域ごとの「抑制」が可能となる。

保険医の配置、定数設定、自由開業、自由標榜の見直しに連動

これらの問題点を見ただけでも、地域の市中病院(民間病院)の衰退、すなわち地域医療の崩壊は明らかであり、先にあげた日本専門医機構池田理事長のあいさつとは、逆の流れとなっている。なぜ、そうなったのか複眼視的に分析しよう。

政府の狙いと 大学医局の思惑

厚労省は「医療従事者の需給に関する検討会」を設置し、2016年3月31日に「医師の需給は2024年にも均衡し、その後は医師が過剰となる」と発表し医学部定員の見直しに着手。4月20日には医師偏在に対する「論点案」を提示し、保険医の配置、定数設定、自由開業、自由標榜の見直しにふれている。5月11日には塩崎厚生労働大臣名で「経済・財政再建に沿った社会保障改革の推進②資料」を提出した。これらの医師数に関する厚労省の動きと「新専門医制度」は無縁ではない。連動した動きであり厚労省の本気度を示すものである。一方、大学医局の思惑はどうであろうか? これまで大学医局と旧厚生省は「医師の人事権」をめぐる百年戦争を繰り広げてきた歴史がある。

医師の初期研修制度は大学医局から医師の人事権を部分的に奪う大きな改革であった。今回の後期研修・新専門医制度で、大学医局は、その時失った医師の人事権を取り戻す動機があることは明白である。そしてこの間の厚労省発表の保険医の配置・定数設定による医師数のコントロールは、厚労省(厚生省)100年の悲願ともいえる。これらの思惑が大学医局と厚労省の利害を一致させたといえる。

これまで厚労省は、医療費適正化計画(適正化とは厚労省用語で削減を意味する)で、病床数の削減を実施しようとしてきたが、ことごとく失敗に終わっている。その大きな原因の一つは、日本の医療は民間病院に依拠していることにある。
二木立氏の論文によれば、日本の民間病院は「生き残りの活力」に満ちており、厚労省の計画通りに動かなかった歴史がある。

今回の厚労省の計画は、民間病院の存続を危うくすることで医師数のみならず、病床数もコントロール下において医療費適正化を実現することにあるといえよう。

医師数削減は医療費適正化(削減)に寄与しない

厚労省計画の大きな誤り

しかし、この厚労省の計画には大きな誤りがある。残念ながら医師数の削減と病床数の削減は、医療費の適正化(削減)には寄与しないことが、最新の医療経済学では常識となっている。医療費増加の最も大きなインパクトは、医療、科学の進歩そのもの、イノベーションにあるからだ。

どの医療統計をみても、日本の人口当たりの医師数は常に先進諸国の下位に位置しており、厚労省(財務省)の説が正しければ、日本はすでに、かなりコストパフォーマンスの良い医療を実現していることになる。

さて、ここまでお読みいただいた賢明なる読者は「新専門医制度」の実態・真の目的をイメージして頂けたと思う。

おわりに

それではどのように対応すればよいのだろうか。

正攻法として/専門医制度を地域医療の医療現場に即したものに変革する提案をすること。具体的には、大学病院や大病院に研修の場と人を集中するのではなく、むしろ大病院から地域の中小の市中病院や診療所に、人も研修の場も流れるようなシステムにすること。そして、女性医師が輝けるような制度設計にすることである。実現可能性は中等度であろうか?

次に、消極的な戦略として/「新専門医制度」を無力化することである。将来厚労省が実施してくる診療報酬や新薬の使用資格に対する専門医へのインセンティブを全力で阻止し、専門医の資格を消極的に実効性のないものにする(大学の博士号のようなものにする)。実現可能性はやや高いであろうか?

ヨーロッパ諸国の医師のように、医師がストライキを打って国民にアピールし制度をなきものにする戦術もあるが、日本の民主主義は、まだまだ未成熟なので、実現可能性は低いだろう。

保険医協会は、保険医の生活と権利を守り、国民の医療を守るために「新専門医制度」の実態を広く国民にアピールしていきたいと考えている。

(『東京保険医新聞』2016年6月15日号掲載)