対都請願の論点(2026年度東京都予算案)

公開日 2025年09月26日

[対都請願の論点①]資格確認書の一律交付を

 2024年12月2日、国民の反対の声を押し切り、健康保険証の新規発行が停止された。
 マイナ保険証によるオンライン資格確認では運用開始当初から様々なトラブルが発生しており、現在でも確実な資格確認ができない状況だ。保団連が2025年2月から4月にかけて行った調査では医療機関の約9割がマイナ保険証に関するトラブルを経験している(下図)。トラブルの中には、「他人の情報紐づけ」(1・8%)もあるなど深刻な状況だ。
 厚生労働省は2025年4月、一連の混乱を受けて75歳以上の後期高齢者に対し、マイナ保険証の有無にかかわらず資格確認書を一律交付することを決定した。
 厚労省は75歳以上に限った理由を「後期高齢者のマイナ保険証利用率が相対的に低いこと」と説明し、75歳未満には資格確認書の一律交付を行っていない。
 マイナ保険証利用率は世代を問わず低いままであり、75歳以上に限定する合理性はない。そもそも、一連のトラブルは患者側の問題ではなく、システムの不備に起因したものが大半を占める。混乱を避けるためには患者の世代を問わず資格確認書の一律交付を行うことが有効だ。
 資格確認書は健康保険法附則(令和5年6月9日法律第48号)第15条において保険者の職権で交付できることとされており、福岡厚労大臣も認めている。世田谷区・渋谷区では独自判断で国保加入者に資格確認書の一律交付を行い、住民から歓迎された。しかし、国の方針に逆らってまで独自に資格確認書の一律交付を実行できる自治体は少ない。東京都の旗振りのもと、自治体国保において資格確認書の一律交付を行うよう要請を続ける。

 

 
(『東京保険医新聞』2025年9月15日号掲載)

[対都請願の論点②]高齢者の補聴器購入費用の助成制度拡充を

 日本の難聴者率は10・0%で約1430万人の難聴者がいるとされ、難聴有病率は75~79歳の男性71・4%、女性67・3%といわれている。難聴は認知機能の低下、鬱病の発症率増加、死亡率増加に関与する。特に認知症については厚労省の「認知症施策推進総合戦略」(2015年)、首相官邸「認知症施策推進大綱」(2019年)でも難聴が危険因子とされており、高齢者に対して早急に「きこえの支援」が必要だ。 
 しかし、難聴者(自己申告)のうち補聴器を所有している人は15・2%であり、日本は欧州各国や中韓等と比べて16カ国中15位と低い水準にとどまっている。EU加盟国のうち79%で補聴器の購入に全部または一部の健康保険が適用されるなど、欧州ではほとんどの国が手厚い公費補助を実施しており、例えばイギリス、デンマーク、ノルウェーは100%助成している。
 東京23区は補聴器の購入に際して助成制度を設けているが、多摩・島しょ部では18自治体が助成を実施していない。また、補聴器1台の価格はほとんどが10万円から30万円と高額であるにもかかわらず、自治体の助成制度の多くが10万円未満であり、購入価格に比して不十分なものが多い。
 東京都は2024年度から「高齢者聞こえのコミュニケーション支援事業」を開始した。区市町村が高齢者を対象とした補聴器購入費助成制度を実施する場合に、その費用の2分の1を都が補助するものだ。しかし、前述の通り自治体間では財政状況等によって取り組みに差が生じているうえ、補聴器の価格に対して十分とは言えない補助内容だ。
 東京都が高齢者の補聴器購入に対する十分な助成を行うよう協会は引き続き要請していく。

(『東京保険医新聞』2025年9月25日号掲載)

[対都請願の論点③]子ども医療費助成の拡充を

 協会は、都内の全自治体(島しょ部を除く)を対象に「乳幼児医療費助成制度(マル乳)」「義務教育就学児医療費助成制度(マル子)」、「高校生等医療費助成制度(マル青)」に係る調査を実施した。
 東京都は2025年10月からマル子・マル青の所得制限を撤廃することとしており、すべての自治体で実現していることが確認できた。
 ただし、通院時の窓口負担(1回200円)は自治体間で格差があり、23区では無償化されているものの、多摩地域では残存している自治体も多い(表)。全国的にみれば、通院時の自己負担がない基礎自治体は72・7%(1741区市町村のうち1266区市町村)と多数派である。子どもの発育・成長に医療は不可欠であり、自治体の財政状況によって子どもが受けられる医療に格差が生じるべきではない。
 子ども医療費助成制度をめぐっては、マル青の創設、所得制限の撤廃など、協会の長年の要望が実現しつつある。協会は引き続き、都内全域で18歳までの医療費を完全無料化するよう東京都に求めていく。

 

(『東京保険医新聞』2025年10月5日号掲載)

[対都請願の論点④]物価高騰下での診療継続の支援を

 度重なる物価高騰や人件費負担増で医業経営は厳しさを増している。全国保険医団体連合会の調査(東京都分459件)では、72%が「収入減少」を訴え、その半数近くが前年同月比で1割以上のマイナスを経験。光熱費・材料費や人件費の増大を診療報酬で補填できないとの回答が90%を占めた。
 医院の倒産も過去最多ペースで推移しており、地域医療の維持に赤信号が灯っている。診療時間の短縮や閉院事例は既に都内各地で顕在化し、病院の診療休止も相次ぐなど、患者の医療アクセス確保が課題となっている。
 これに対し都は「医療機関等物価高騰緊急対策支援金」(無床診療所向けに2024年度15万円、2025年度11・7万円※等支給)等を実施しているが、都の2025年度予算案において医院経営対策は「本来は国が診療報酬改定で対応すべき」と明記している。
 国は「東京都生産性向上・職場環境整備等支援事業補助金」(無床診療所向けに18万円等)や福祉医療機構を通じた無利子無担保の融資拡充を行っているが、この間の物価高騰には到底対応できていない。協会は地域医療を守るために、都独自のさらなる財政支援とともに、都から国に対し、機動的な補助金支援および抜本的な診療報酬引き上げを求めるよう要望した。
 9月18日に行った東京都保健医療局・福祉局との意見交換会で、都の担当者は「国に対して、大都市の地域特性を踏まえた地域医療確保のための支援策・財政措置等の見直しを求めている。現在、医療機関の協力を得ながら経営状況に関する調査を実施しており、調査結果を踏まえ、引き続き国への提案、要望の検討を進める」旨の回答があった。
 小池都知事も本年5月に署名している、九都県市首脳会議の要望書「病院の経営危機への対応について」では、国に対し、診療報酬体制について、物価・賃金の上昇に対応できる仕組みを導入することや、国から直接の補助や新たな交付金の創設などによる緊急支援を求めている。協会の要望と一致しており、今後も医療機関への継続的な支援を求めていく。
※ 10月1日に 医療機関等物価高騰緊急対策支援金 について、金額が増額された(無床診療所7・8万円 → 11・7万円等)。

(『東京保険医新聞』2025年10月25日号掲載)

[対都請願の論点⑤]子ども医療費助成の拡充を

 学校健診では、脊柱側弯症の検査を行う。日本での脊柱側弯症の発生率は1~2%程度で、思春期に多く見られる。病状が進行すると腰痛、背部痛、呼吸機能障害、神経障害を引き起こす可能性があり、早期発見・早期治療が重要だ。
 脊柱側弯症については、専用の検査機器を使用することでより客観的で精密な検査が可能であり、すでに一部の自治体で導入されている。2022年度の文部科学省調査によれば、全国で計139の教育委員会が導入しており、秋田県と愛媛県では70%以上、千葉県では60%以上、東京都では約30%の教育委員会が導入している(表)。検査機器を導入した教育委員会のうち、95・7%が「側弯症の早期発見に有効/大変有効」、85・7%が「視触診に比べて精度が高い/非常に高い」と回答している。専門医の団体である日本側彎症学会は、文部科学省と連携し、検査機器を用いた側弯症検診を普及させる活動を行っている。
 また、脊柱側弯症の検査には脱衣が伴うが、近年、脱衣健診による児童・生徒の心理的負担やプライバシーの問題を懸念する声が大きくなっている。着衣による検査は児童の心理的負担を軽減させるが、脱衣時と比較して側弯症の発見率は低下する。島根県出雲市の全小中学校(計1万4455人)を対象にした調査では、体操服を着用することで側弯症の発見率が有意に低下するという結果が出ている(2019年度:体操服0・45%、下着4・49%)。検査機器の中には、肌着着用時でも脱衣時と同様の検査結果が得られると報告されているものもあり、機器の導入により、発見率の向上と児童の心理的負担軽減の両立が期待できる。
 近年、脱衣を伴う学校健診へのバッシングが強まる一方、側弯症の見落としを理由に損害賠償を求める訴訟も起こっている。校医の担い手が減少する中、側弯症をめぐる対応も医師の負担となっている。側弯症の検査機器を導入することで、児童・生徒と校医の双方にメリットがある。
 協会は、東京都に対し、学校健診における脊柱側弯症検査機器の導入を求め、区市町村に対する助成の創設を訴えている。

 

(『東京保険医新聞』2025年11月5日号掲載)

[対都請願の論点⑥]看護職員の確保体制の構築を

 医療現場では恒常的な看護師不足が続いている。厚労省の職業安定業務統計では、2024年度の有効求人倍率は2・37であり、他の職業の合計1・22より1ポイント以上高い結果となっている。会員医療機関からは、「低医療費政策であるため処遇改善が困難であり、他業界への人材流出に歯止めがかからない」「有料職業紹介事業者を利用せざるを得ない状況だが、100万円単位の紹介手数料が経営を圧迫している。診療報酬が悪質な紹介事業者に流れてしまうことにも問題があるのではないか」等の声が寄せられている。
 東京都はナースバンク事業として無料職業紹介事業を行っているが、就業者数は2022年度1867人、2023年度は1303人と減少傾向にある。一方、2019年の看護職員需給推計では、2025年時点で約2万人から3万人の看護職員の不足が見込まれており、不足分を補うには程遠い。また日本看護協会の病院看護実態調査では、2023年度に離職した新卒看護師がいた病院で、看護管理者が考える主な退職理由は、「健康上の理由(精神的疾患)」がトップで 52・5%、順に「自分の看護職員としての適性への不安」47・4%、「自分の看護実践能力への不安」41・6%であった。前年度と比較してさらに悪化している。
 2024年度診療報酬改定では、入院料本体に共通で求められる施設基準に「意思決定支援」及び「身体的拘束最小化」の2基準が追加された。より高水準な医療の提供を限られた人員で行わざるを得ない状況が、看護師等の負担となっていることが推察される。
 看護師等の人材確保の促進に関する法律では、地方公共団体の責務として、「看護師等の確保を促進するために必要な措置を講ずるよう努めなければならない」(第4条4項)と定めている。東京都は今回の懇談で、従来の看護技術の再教育等の再就業支援に加えて、電子カルテを使用した経験がない求職者から不安の声が出たため、電子カルテの研修を行う等、課題の変化に合わせた就業支援を行っていると回答した。
 医療の根本は人と人との関わり合いであり、そこでは国が強調する「効率と効果」だけで有用性は測れないだろう。IT機器の導入と人員配置の見直しによる効率化が医療機関を限界に追い込んでいる。日常診療における医療提供体制の確保はもちろん、医療安全のためにも、看護職員の確保体制の構築は急務だ。国及び東京都には実効性のある施策を強く求めたい。

(『東京保険医新聞』2025年11月15日号掲載)